俺と、甘いキスを。

花が遠慮気味に手を挙げて「はい、質問があります」と言い、俺は「はい、川畑さん」と指名する。
「ずっと疑問に思ったことがあるんです。五年前、自販機で飲み物を奢ってもらいました。二日間、あの休憩スペースで会い、三日目はジュース代が封筒に入って届きました。あの二日間、右京さんは休憩スペースでコーヒーを飲んでいました。当時、右京さんはまだ柏原研究室で仕事をしていて、あそこには柏原さん自慢のコーヒーメーカーがあったのに。何故、右京さんはわざわざ自販機でコーヒーを買っていたのか気になったんです」

驚いた。
花は五年前のことを覚えていたのか。俺はあの時のことは隠す気もなかったので、白状した。

「お前の様子が気になったから」

その返事が意外だったのか、花が「えっ」と声を漏らした。

「そんなに難しい理由じゃない。あの頃は事務所の何人かがインフルエンザで休んで、事務所の業務がパニックになっていると聞いた。花が出勤していたことは朝に見かけて知っていたし、休憩スペースへ行ったのは「花に会えるかも」といったちょっとした賭けだった。二日とも会えたことは運が良かったと思っていたが、疲労でいっぱいのお前の顔を見て何かしてやりたいと思った。といっても、ジュースを奢ってやることくらいしか思いつかなかった」

俺の情けない返事に、花は眉を下げて悲しそうに頷いた。
「そうだったんですね。右京さんだって忙しかったはずなのに、私の心配なんて……すみませんでした」
「謝ることじゃない。俺が勝手にやっていることだし」

──毎日続けていたらストーカーと思われるから、外出する三日目からはジュース代だけ渡すことにした。花から「十分だ」と断られてしまったが。

そんな自爆発言を、ゴクリと飲み込んだ。

すると花は「そうなんですよ」と言って、声を震わせた。
「そうなんですよ。そんな優しいことをするから……好き、になって……なのに、十年前から心の中に私がいたのなら、どうして結婚なんて……」
と、ぐっと唇を噛み締める彼女に、俺は自分の黒歴史に心臓を握りつぶされる思いがした。

花に近づいて、小さく震える肩にそっと触れた。俯いて鼻をすする彼女に、自分で自分を殴りたいと思った。
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