俺と、甘いキスを。

「右京さん」

気がついて顔を上げると、大きなお盆を両手で持ち上げて立っている花と目が合った。
「考え事ですか。何度呼んでも返事がなかったので」
「あ、ああ。わるい」
そう答えると、花は少し困り顔で部屋に入ってきた。
避けられているかもしれないが、話はできそうな状況だと思えば、どこかほっとした。

目の前に置かれた夕食の鍋焼きうどんに食欲をそそられて、久しぶりに自分の腹の虫の音を聞いた。
花も聞こえたのか、目を丸くするとすぐに安心したようにフッと笑った。
「空腹感を覚えるようになったということは、胃も少し大きくなったんでしょうか」
と言って、彼女は自分の分も用意する。
「今日は少し寒い日だったので、鍋焼きうどんにしました。野菜を多めに入れたんですが、右京さんは食べれるだけにしてくださいね」
と、前置きをした。
花は気遣っているのはわかっているが、美味そうなものを残すのは勿体ない気がした。


「もう……だから、食べられるだけでいいって言ったのに。ほら、お薬飲んでください」

鍋焼きうどんを完食したものの、胃が破裂しそうなくらい苦しい。ここで診察してくれた、花の父親の知り合いの医者が用意した胃薬を飲む。花は口をへの字に曲げて不機嫌顔だ。
「花のご飯が美味いんだから、仕方ないだろ」
「そんなことを私のせいにされても困ります。右京さん、少し布団に横になってください」
と、彼女は食器をお盆に片付けながら俺を布団に促す。

「一緒に寝るか?」
「バカなことは言わなくていいです」
機嫌悪い低い声に、俺は苦笑した。

花は布団に寝た俺を確認すると、部屋を出ようと障子を開ける。

──やはり、思っていることを言っておこうか。

花を、呼び止めた。
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