俺と、甘いキスを。
「失礼します。こちらでお食事でしたか」
個室の入口から聞こえた声で、私たちは一斉に顔を向けた。
見るからにオーダーメイドとわかる明るめのグレーのスーツにコバルトブルーのネクタイがよく似合っている。スタイリッシュに着こなす高身長の彼が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
赤みのあるふんわりとした髪に涼し気な目元、豪華なバラを背負っているような高貴な貫禄。
テーブルを囲む誰もが、その姿に一瞬放心した。一番最初に我に返った貝塚部長が慌てて立ち上がる。
「これは、右京専務。今日は……」
親子ほど年の離れた彼でも、右京専務の前では焦って緊張している。それは後から立ち上がった柴本貴臣も同じだ。右京誠司という男、専務という立場でガッチリと年齢関係なく部下を鍛えているんだと思った。優しい笑みの下に隠れた鬼上司の姿を、少しだけ垣間見た気がした。
私も社員なので立ち上がろうと着物姿でオロオロと腰を上げると、右京誠司に手で制された。
「今はプライベートなので、そのままで。僕も今日は彼女のランチの付き添いで来たんだ」
と、彼は後方に視線をやった。
そこには白い仕切りの壁からこちらを伺う女性がいた。サイドの髪を後ろで束ね、軽く巻いた髪を可愛くセットした、白黒の細かい格子柄のワンピースを着た峰岸真里奈だ。
「峰岸さん……」
何気なく呟くと、彼女が近づいてきた。
真里奈は私の着物姿を見て、ピンク色の口を開いた。
「あ、あなたがここでお見合いなんて、知らなかったのよ。右京専務が右京さんからここのランチのチケットを預かっているから是非に、と言われて来たの」
と、「別にアンタを気にして来たんじゃないんだからねっ」と面倒そうに言い置く彼女に、私も頷いて返した。