俺と、甘いキスを。

ドクドクと脈打つ心臓が痛いが、悪い気分ではなかった。
柴本貴臣は力なく両腕をダラリと下げて、青白い顔で「わかりました」と呟いた。


「柴本くん。今回のことで君のプライベートが明らかになってしまったが、この件については僕は少し重要視している。柴本くんは仕事のできる優秀な社員だと思っていたが、健全な私生活ができない君が、会社の人事を任せていいのか不安になった。改めて会社で話を聞かせてもらうよ。貝塚部長もそのつもりで」
右京誠司の鋭い視線、近づくと感電死しそうなピリピリした空気、それが専務としての本来の彼の姿なのだろうと思った。
貝塚部長はハンカチで額を拭いながら、
「は、はい。承知……しました」
と、彼の威圧に押されて返事をしていた。

柴本貴臣の母が、ようやく落ち着いたようで頭を上げた。そして私たちを見ると、貝塚部長に支えられながら立ち上がり、テーブルに手をついて体をフラフラしながも口を開いた。
「これは、これは誤解なんです。貴臣はこんな遊びをするような子じゃないんです。根は優しい子なんです。ちゃんと私が教育し直しますから……どうか、どうか、貴臣と結婚を……」
アイメイクも、チークも、口紅も。きっちりとしたお化粧が悲しくも崩れてしまっている。目の下にクマもできて、酷い顔をしていることは本人も知らないだろう。
柴本貴臣がそんな自分の母を宥めた。
「母さん、終わったんだ。もう、無理だ」
と、首を横に振る彼に、彼女は縋る。
「だって貴臣、あの子と結婚しないと、はらだ……あっ」
と、余裕のない言葉遣いに慌てて口を押えた。
柴本貴臣は手のひらで顔を覆って、大きなため息をついた。
「母さん、何も言うな。帰ろう」
と、嗚咽を漏らして涙を流す母親を促した。
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