俺と、甘いキスを。

──柴本課長のお母様、さっき「はらだ」って言ったよね……?

「はらだ」って、あの原田さんのこと?

柴本貴臣は、おぼつかない足取りの母親の肩を抱き個室から出ようとする。
しかしそのままこの姿を見過ごせない声がした。

「ちょっと待って」

やはり上司の声には敏感のようで、右京誠司に引き止められた柴本貴臣の体がビクリと震えた。
「柴本くん、まだ言ってないことがあるよね?今ここで全部吐いていくなら、会社に籍くらいなら残してあげるよ」

雇用か、依願退職か。

この選択に迫られた彼はしばらく黙っていたが、肩で大きく息を着くと重い口を開いた。

「……母は会社の経営で、原田信久から多額の融資を受けている。原田信久の孫は、研究所の原田京華だ。俺の役目は右京蒼士から川畑花を引き離して結婚し、二人を二度と会わせないことだった。原田京華は蒼士くんに夢中だ。そして原田信久は鳳一族とのパイプを欲しがっている。原田京華と右京蒼士が結婚すれば、必然的に鳳一族と繋がりができるわけだから、原田家にとっては一石二鳥だ。そして母の融資も継続できて一石三鳥だ。でも計画がバレたから、母の融資はもう無理になるだろう」

柴本貴臣は力なく「ははっ」と笑う。
「花ちゃんのお見合いは、柴本くんが貝塚部長にお願いしたのか」
と、右京誠司の質問に彼は頷く。
「原田信久がそうしろって言ったんだ。母の融資をぶら下げて、「孫が目障りだという川畑花と結婚しろ」ってな」

もう、ここまでお見合いのカラクリを聞いてしまうと、どうにも柴本貴臣が母と黒幕に挟まれた気の毒な悪人に見えてしまう。しかし柴本貴臣には正しい道を選ぶ選択もあったはずだ。それを見つけられなかった本人の意思の弱さは否定できないだろう。

柴本貴臣と目が合う。
彼の口が三回、形を変える。
声に出して言えない言葉。

『ごめん』

そう言っているようだった。
< 181 / 214 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop