俺と、甘いキスを。

右京蒼士は視線を彼に向けて、いつもの嘘くさい笑顔で、
「そうなんですね」
と、答えた。
柴本貴臣も何を競っているのか、歯を見せて笑う。
「本当は見合い当日まで本人に会うのを我慢しようと思ったんだけど、やっぱり会ってみたくなって来てしまったんだ。思ったイメージより全然可愛くてホッとしたよ。彼女となら将来を考えてもいいと思うよ」

こんなことを言われて、本当は喜ぶべきなのだろう。彼に好印象を持たせられれば、お見合い当日も上手くことがは進むはずだ。
私の意志とは関係なく。

柴本貴臣との結婚も、現実となる。

「そうなんですね」
右京蒼士は微笑んで、もう一度同じ返事をする。

何気なく俯いた私は、その視界に入ったものにピシリと体が固まった。彼の白衣の袖からのぞかせた両手は皮膚の色が変わるくらい力一杯握りしめ、小刻みに震えていたのが見えたのだ。
「?!」
彼から漂う、毒殺されそうな程の真っ黒な空気をひしひしと感じている私は、恐怖で顔が上げられない。
柴本貴臣には、この怒気が含まれた威圧的な空気がわからないのだろうか。余裕の表情だ。


私が二人の猛獣同士の睨み合う場面にオロオロしていると、
「待たせてすみません」
と事務長が現れた。
緊張が一気に解れてホッと胸をなでおろしていると、柴本貴臣は私の肩に軽く触れた。
「じゃあ、花さん。当日を楽しみにしているよ」
と、耳に顔を寄せて言い残して離れていく。
事務長を追っていく彼を横目に、右京蒼士は私に向かって口を開いた。
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