俺と、甘いキスを。

「峰岸さん。あなたはやはり勘違いをしている。先日から僕たちが一緒にいるところに遭遇しているから、僕と彼女がどんな状況か理解してくれていると思っていましたが…」
右京蒼士はそう言いながら、受付カウンターへ近づいた。
真里奈の焦った声が聞こえる。
「な、なによ。私はまだ右京さんを諦めたわけじゃないですよ。右京さんのほうが勘違いしてるんです。見合いすると決まっているのに、右京さんの研究室に行くのは十分不謹慎じゃないですか。川畑さんから何を聞いているのか知らないですけど、右京さんだって結婚していることを自覚されたらどうですか」

──そのとおりだ。

真里奈の言うことに、何も言い返せない。間違っていると自分でわかっているけど、改めて第三者から言われると心が痛い。
右京蒼士の小さな吐息が聞こえた。

「確かにそうですね。僕は結婚している。だけど峰岸さんに諦められないものがあると同じように、僕にもどうしても諦めたくないものがある。そのことで狂いそうなほど後悔をしたし、大きな間違いも犯した。それでも手に入るチャンスがあるなら、僕はいくらでも這い上がってみせるさ。意外と諦めの悪い人間なのでね」
と、彼女に向けて言ったあと、その切れ長の目を私に向けて僅かに頬を緩めた。
「花、なにか食うものない?アイツに付き合わされてパンケーキの店に行ったが、あんな甘いものは二口でリタイアした。腹が減った」
その「なにか食うものない?」にいち早く反応した峰岸真里奈は、カウンターにチョコレートやクッキーを並べたが、「甘いものは二口でリタイアした」と聞いて、残念そうにそれらをカウンターの下に戻した。

「おにぎりと卵焼きくらいなら…」
と、さっきまで出番がなかった差し入れを呟くと、右京蒼士は口角を上げた。
「さすが、花。それ食いたい」
真里奈の前だというのに優しい口調の演技がすっかり剥がれた彼は、気にもしていないようだ。
私は持っていたランチバッグからおにぎりと卵焼きを取り出す。朝を少しだけ早起きして作った差し入れが役に立てたのが、少しだけ嬉しかった。
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