俺と、甘いキスを。

もうすぐ三月になるが日照時間はまだ短く、終業時刻には外はすっかり日が落ちて薄暗くなる。

「あ。そういえば、コピー用紙…」
右京蒼士に言われていたコピー用紙のことをすっかり忘れていた。
仕事終わりに気づくなんて、と思いながらデスク横に用意していたコピー用紙の包みを抱えて右京研究室へ向かった。

右京研究室のドアから中を覗く。暗いがガードの金属体が見える。私は「彼」に向かって社員証を見せた。ガードの額部分のいくつかの小さなライトが点滅すると、両目がパッと点灯して動き出した。
ガードが解錠してくれたドアを開けた。

「ハナ、ハヤクハイレ」

相変わらずの命令形だがコピー用紙を届けに来ただけなので、中に入るつもりはない。
私は奥のドアを意識しながら、
「ガード、右京さんはいますか」
と、聞いてみた。すると、

「ウキョウセイジ、イナイ。ウキョウソウシ、イナイ」
と、答えた。
ガードが右京専務の名前を言ったということは、ガードに右京専務の社員証がインプットされているんだろうと思った。
右京さんがいないとわかれば長居は無用だ。私は廊下の隅にコピー用紙を置いた。
「ガード、このコピー用紙を右京さんに渡してね」
そう言って、再びドアを閉めようとした。

「ハナ、イクナ」

その声が、右京さんの声と勘違いしてしまうなんて、私はかなり重症かもしれない。
止めてしまったドアを閉める手に力を入れた。「カチャリ」と音が聞こえて、「はぁ」と私の声も漏れる。

見合い相手の柴本貴臣を目の前にしてもピクリとも動かなかった気持ちが、本人が不在の研究室にいるだけで落ち着かないのに。
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