デアウベクシテ
第15話~出会うべくして
 私は伝えなければいけないこと、まだあるのではないかと探した。見つける。

「賢人のこと、ずっと信じてたし、疑ったりなんてしたことなかった。誰かと一緒にいて、落ち着くって感じたのは、賢人が初めてだった。」

 頑張った自分にご褒美を。もう何をしてもいい。震えてもいい、泣いてもいい、笑ってもいい。ほら。

 賢人は立ち上がり、私の横、ソファに座った。賢人は何も言わない。沈黙。いくら優しくて賢くて鋭い賢人でも、言葉を失うのは当然ね。沈黙が続く。やり切ったと思う私。勝手で都合の良い女。

 賢人には申し訳ないと思った。くだらない、ろくでもない話を、長々と聞いてくれた。ずっと、全部、最後まで。私が私をさらけ出すのは初めて。自殺した結衣にも話したことはなかった。ごめんね賢人、ありがとう賢人。

 なんて、口にしなくちゃ意味がないのに。

 ご褒美。私はいつの間にか泣いていた。涙が溢れては頬をつたう。それが続いていた。賢人は気付いていただろうか。この涙が、私の全てを流してしまえばいいのに。

 目を閉じた私は驚く。賢人は優しく私を抱き締めた。何も言わず。抱き締められるというより、賢人が私を包んでいるような。この感覚は何だろう。何て柔らかいの。

 それからも沈黙は続いた。私は賢人が何を思い考えてるのか、やっぱりわからない。私はやっぱり賢人を知らなかった。だから想像もしないようなことを、賢人は聞いてきた。

「もう要らない?」
「何…?」
「婚約指輪。」

 私は何も考えられなかった。でも思い浮かんだこと。

「あ…。さっき、あの店でのこと…。ごめん…賢人…。」
「そんなことどうでもいいんだ。ただ彩華が欲しいか欲しくないか。俺から彩華への指輪。俺から彩華への気持ちの指輪。」
「賢人の気持ちなら、わかってるから…。」
「じゃあ結婚指輪を買おう。それはふたりで選びたい。ふたりのものだから。」

 私を包んでいた賢人の腕。今度は私の肩を手で包む。賢人は優しい目をしていた。

「彩華、結婚しよう。」

 私はきっと、表情のないまま涙を流してる。賢人の言葉に、ちゃんと現実味を感じてる。なのにどうして涙が出るの?

「彩華の『悲しい』はもうないだろ?でも彩華は今でも『安心』がない。結婚したって、いつ彩華が心の底から安心できるようになるかわからない。でも…。」

 賢人は言った。あの時と同じ言葉。

「彩華をほっとけない。」

 それだけじゃなかった。

「彩華を愛してるから。」

 私は涙が出てはこぼれ、出てはこぼれ。息をするのが苦しくて、うまく話せない。

「どうして、そんなことが言えるの…?こんな私に、どうして言えるの…?」
「彩華?」
「なに…?」
「『こんな私』、なんて言わないでくれ。」
「だってそうでしょ…?」
「俺は彩華を愛してるんだ。その俺に対して、失礼だと思わない?」

 涙が止まらない。どうしたら止まる?私はどうしたらいいの?

「私は…賢人みたいに堂々と、そんなこと言えない…。」
「言わなくていい。わかってるから。」
「…やっぱり私じゃない…。私には、賢人はもったいない…。優しくて、いつも私のことを考えてくれて…。賢人の優しさは、溢れてこぼれるほど…。」

 賢人は強く、私の肩を掴んだ。賢人の目は優しく、どこか切ない。

「もし俺に、彩華の言う『優しさ』があるとしたら、そのこぼれた『優しさ』を受け取ってくれたのは、彩華だけだ。それに彩華の持つ『優しさ』は、俺を救った。彩華自身が俺にとっての『優しさ』だって、言っただろ?」

 瞼が堕ちる。賢人が見えなくなる。

「そう…だけど…。」
「俺達は、出会うべくして出会ったんだ。」

 『出会うべくして』

 聞いたことはあった言葉。こんなにも深い言葉だったなんて。賢人に出会わなければ知ることはなかった。

 私の堕ちた瞼が上がる。ゆっくり賢人を見上げた。賢人はまた、私を抱き締めてくれた。私は新しい涙がこぼれる。

「私も言いたい…堂々と…。言えるようになりたい…。」
「大丈夫、わかってるから。」

 苦しい。賢人の腕は優しいのに、心がギュッと締め付けられる。賢人に助けを求めてしまう。助けて、助けて賢人。

「でも…言えないのは、素直になれないからじゃない…。…きっと自信がないの…。自分にも…、賢人のこと…ちゃんと愛せてるのかどうかも…。」
「愛してくれてるから、今こうして一緒にいるんだよ、彩華。ありがとう、彩華。」

 この人の為に生きていこう。心から思った。

「…賢人…。」
「なに?彩華。」
「ありがとう…賢人…。」
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