デアウベクシテ
第20話~有るべき物じゃない
 結婚。準備。なんか、かしこまった感じじゃないの。ただ、ただ楽しいって感じる。生きてるって感じる。

 結衣。聞こえる?私が見える?私が結婚だって。あの頃の私じゃ考えられなかったね。

 その結婚相手の人ね、すごく優しいの。私には持っていないものを持っていて、それを全部私にくれるの、教えてくれるの。優しさ、思いやり、情、欲、数え切れない。

 その人と、もう少し早く出会っていれば、もしかしたら結衣のことを、救えたかもしれない。なんて、そんなの言い訳ね。私は結衣のことをわかってあげられなかった。結衣は私のこと、わかってくれてたのに。

 これからは、結衣にしてあげられなかったことを、誰かにしていきたい。人に、愛する人に、そして自分に、優しくしていきたい。

 ごめんね、結衣。でも、私も言うね。ありがとう。

 私の中で、結衣のことは過去にはならない。しないから。忘れないでね、結衣。

 耽っている私。気付く。

 過去。惨めな昔話…。忘れちゃいけないこと…あるんじゃない…?結婚をする前に、消すべき物…。私は探す、その消すべき物を。

 賢人んち。コーヒーのマグカップの隣。

「賢人これ。賢人と結婚する前に失くしたい。私の為だけじゃない、賢人の為だとも思ったの。」

 私は置いた。300万円の指輪の入った真っ赤なボックス、100万円の入った口座の通帳。

「要らない物は要らない。こんな物要らない。その時は全く手を付けなかったの。ショックで触れられなかった。これからふたりで暮らしていくのに、これは有るべきじゃないと思ったの。」

 私は必死だった。賢人を想った。つもりだった。

「彩華。」

 優しく名前を呼ばれた私はその時気付く。賢人の気持ちを何も考えずに、それらを持って来てしまった。私はやっぱり愚かだった。

「ごめん賢人…。…こんな物…賢人の部屋に持って来るなんて…私ふざけてるね…。自分ひとりでどうにかしろって話…。浅はかにも程がある…。ごめんなさい…。」

 既に一度出してしまった物。バッグに戻すかどうか、私の手はテーブルの上で迷う。

「ありがとう、彩華。わざわざ持って来てくれたんだね。」

 いつもの優しい賢人。胸が痛い。私は悪あがき。

「賢人、ごめんなさい。賢人の為だって思ったけど、賢人の気持ちは考えてなかった。賢人本当に…。」
「彩華?」
「なに…?」
「これもどうするか、一緒に考えよう。その時の彩華はひとりだった。だから決められなかった。でも今はひとりじゃない。ふたりで考えよう。」

 賢人への想いが、涙になって溢れる。

「そう…何も考えられなかったの…。すぐに捨ててしまえばよかったのに…そんなことすら、考えられなかったの…。」

 私は不甲斐にも泣き崩れてしまった。

「これを俺に見せてくれたのも、彩華の優しさだよ。彩華ひとりで悩むのは、俺にとっては悲しいから。悩むのも一緒。一緒に悩もう、彩華。」

 私は必死で涙を拭いた。それくらい涙を。優しい賢人。賢人がそう言ってくれたものの、それでも尚、自分は愚かだと思った。ずっと泣く私の髪を、賢人はずっと撫でてくれた。

 この人に私の全てを注ごう。心から思った。
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