デアウベクシテ
第23話~真っ黒
 私はコンビニへ行こうと、バッグから財布を出す。

「賢人ごめん、ビール切らしてた。買ってくるね。」
「待って彩華。俺も行く。」

 コンビニまではすぐ近く。手を繋ぐ。いつもどんな時でも手を繋ぐ。繋いだこの手を、離さないでいて。

「彩華のドレス姿、楽しみだな。」
「本当?でも雑誌に載ってたけど、ドレスってあんなに色々あるのね…。」
「彩華なら、どんなドレスも着こなせるよ。」
「どうしてわかるの?」
「彩華は綺麗だから。」

 ほらまた。こういうことを、変わらず賢人はさらっと言うの。でも私は、それを素直に受け止められるようになっていた。

「ありがとう、賢人。」

 横断歩道を渡ればコンビニ。その少し手前。突然、賢人の足が止まる。

「賢人?」
「彩華、帰ろう。」

 賢人は引き返す。私の手を強く引く。

「待って賢人。もうすぐじゃない。」

 賢人は何も言わない。賢人の声ではない、別の音。後ろから聞こえた。

  キキーッ
  ガッシャーン

「え…?」

 車のブレーキ音、車がぶつかる音。私は振り返る。車が信号機にめり込んでいた。

「賢人…。」
「帰ろう、彩華。」

 私達は賢人の部屋へ急いだ。ソファに座り、私はただただ驚いた。目の前で事故なんて。

「彩華…。」

 隣に座る賢人が私を抱き締める。きつく強く抱き締めた。

「賢人どうしたの?コンビニの前から…。」
「怖かった…彩華…。」

 声と腕の震えでわかる、賢人のその『怖さ』。

「賢人…?」
「信じて…もらえないだろうけど…。」
「なに?どうしたの?言って賢人。」

 確かに信じられないことだった。まさか。

「彩華が、一瞬だけ真っ黒に見えたんだ。街灯も当たってたのに、全身真っ黒に。指先まで真っ黒だった…。」
「え…?」
「そのまま夜の闇に消えるんじゃないかって…そのくらい真っ黒だったんだ…。」
「賢人、あのね…。」
「やっぱり信じないよな…こんな話…。」
「違うの、賢人。」

 私は賢人の胸を押す。抑える。まさか、こんなこと。

「聞いて賢人。私の話のほうが信じられないかもしれない。」
「なに?」
「覚えてる?賢人と初めて会った日、仲間と飲んだ日。」
「覚えてるよ。忘れる訳ない。」
「あの時、賢人が真っ黒に見えたの…。」
「俺が…?」
「そう…だから私は賢人を追ったの…。」

 言葉を失った私達は見つめ合い、ゆっくりと抱き合っていた。賢人の鼓動を感じる。きっと賢人も私の鼓動を感じてたはず。私達は生きてる。その証拠。

(私達はお互いがお互いを、救った…の…?)

 思い立った私は、身に纏っている物を全て脱ぎ捨て、賢人に股がる。

「私着るから。真っ白のドレス。それで賢人を照らすの。」
「眩しそうだな、彩華。早く見てみたい。」

 賢人は私の腰に手を添える。嬉しそう。賢人はどんどん嬉しそうになる。

「それまでは、この肌で賢人を照らす。」
「それまで?じゃあその後は?彩華。」

 私は賢人の服のボタンを外す。

「その後も…この肌で…ずっと照らせてみせる…。」

 ベルトも外して。

「だから賢人も、私を照らしていて。ずっと。」
「もちろんだよ彩華。」

 真っ黒だなんて、もうしない、させない。
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