デアウベクシテ
第25話~華
 賢人んち。テーブルにコーヒーのマグカップと結婚雑誌。

「また見てるの?」
「賢人?」
「なに?彩華。」
「式を挙げるなら、指輪の交換をしたいと思って…。」
「いいね、しよう。指輪の交換。」
「それでね、いいなって思った指輪があって…。」
「載ってたの?どれ?」
「私らしくないって、笑わないでね…。」
「笑わないよ。それより早く見せて。」

 賢人は笑顔で、楽しみに待っていた。私は開く、そのページ。

 男女共、ゆるやかなウェーブライン。女性の指輪は、中央にダイヤモンドが埋め込まれた三輪の花。両サイドには花の葉。男性の指輪は女性と同じライン。どちらも大きな葉が風になびいているデザイン。

「彩華にしては珍しく可愛らしいデザインだね。彩華、手、出して。左手。」

 賢人は笑わなかった。むしろとても楽しそう。私は差し出す、そっと左手。賢人はその手を取る。

「うん、いいと思う。きっと似合うよ。」
「そう?」
「でもどうしてこの指輪がいいと思ったの?確かに彩華らしくはないから…。」
「なんとなく…。それだけ…。」
「俺はこれがいいと思う。」
「どうして?」
「華《はな》だから。」
「はな?」
「彩華の華《か》は、華《はな》、だろ?」
「あ…。」
「だから彩華はこの指輪に惹き付けられたんだよ。」
「華《はな》…。」

 私の名前には華《はな》。この指輪を付ければ、ずっと賢人の為に咲き誇れる?

「じゃあ俺からこの店に電話する。それから式場にも。」
「式場?どこ?」
「前、彩華がじっと見てたページ。その式場。俺もそこがいいと思った。いい?」
「うん…、ありがとう賢人…。」
「指輪は、決まってもすぐには出来上がらないだろうな…。どれくらい時間が掛かるんだろう…。」

 私は知っている。答えたくなかったけど、迷ったけど。

「多分、一ヶ月くらい…。」
「一ヶ月か…。」

 賢人はずっと楽しそうなまま。

「その間に式場に行けるといいね。それから引っ越しを済ませよう彩華。」

 私も笑顔になる。

「うん。」

 私も楽しくなる。

「そうだ、じゃあ…。」
「なに?賢人。」
「引っ越しが済んだら、籍を入れないか?」

 入籍。私はいよいよ結婚をする。愛する人と、賢人と結婚をする。なぜか目が熱くなる。どうして?今は泣くタイミングなんかじゃないでしょ?

「彩華。」

 賢人の『彩華』。ずっと変わらない、優しい『彩華』。

 私はなぜ泣いてるの?自分じゃわかりそうにない。賢人に聞いてしまおう。

「賢人…私どうして泣いてるの…?」
「嬉しいからだよ。」
「そうなの…?」
「そうだよ彩華。俺も嬉しいと思ってるから。」
「ほんと…?」
「ほんとだよ、彩華。ありがとう、彩華。」

 私は賢人の肩に頭を付け、賢人の左手を左手で握る。待っていて賢人、私の左手を。
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