デアウベクシテ
第27話~完璧
「賢人。」
「なに?彩華。」
「これ、どうぞ。」

 眠る少し前。私は賢人にドリンクを作った。ネットで見かけたドリンク。

 太く長目のグラス。濃い緑茶に、氷と少しのジンを注ぐ。そこにスライスしたレモンを、スライス面がグラスの表面に見えるように入れ、飲み口にも飾る。そこにオリーブも添えた。

「ん?これ、お茶?何?彩華。」
「一応、お酒。作ってみたいと思ってたの。」
「お酒?入ってるの?」
「うん、少し。ネットで見掛けたの、このドリンク。お茶の葉の宣伝記事だったんだけどね。」
「へぇ、綺麗だね。緑にレモンが映える…。」
「細かい分量なんて載ってなかったから、今日は目分量。飲んでみて。美味しくなかったら、美味しくなるように勉強する。」
「彩華、乾杯しよう。」

 私達は乾杯する。賢人は一口飲んだ。

「美味しい…美味しいよ彩華。」

 賢人は笑顔だった。私は安心した。

「早く彩華も飲んでみて。」

 濃い緑茶にジンが合う。お茶の濃さもジンの量も良い。

「うん…美味しい…。」

 賢人は二口、三口。笑顔で言った。

「彩華。」
「なに?」
「このドリンクの名前は?」
「名前?」
「カクテルには名前があるだろ?」
「名前なんて…。」
「じゃあ考えて、彩華。」

 考えるまでもなく私は答えた。

「じゃあ『ケント』。」
「それじゃ俺の名前そのままだ。彩華は単純だな。」

 賢人は笑った。

「ひどい!単純だなんて!名前なんて考えてなかったもん!」
「じゃあ『ケント』以外に、何かない?」
「んー…。」
「ん?」
「んー…。じゃあ…。」
「じゃあ?」
「…ナイト…。」
「ナイト?」
「そう。夜の『NIGHT』。」
「『NIGHT』か…。いいね。次は俺が作るよ、彩華。」
「え?いいよ、私がまた作ってあげる。」
「いや、俺にも教えて欲しい。彩華。」
「だから…。」
「彩華、これからは分け合っていこう。」
「分け合う?何を?」

 賢人はグラスを置いた。

「俺は彩華と一緒にいるようになってから、ずっと彩華に甘えてた。」
「甘え?私だって賢人に甘えて…。」
「そうじゃない、彩華。」
「じゃあ何?」
「俺だって一人暮らしは長い。それなりに家のこともできる。なのにいつの間にか彩華に全部任せてた、甘えてたんだよ。」
「それでいいじゃない。だめなの?」
「これからはお互い、助け合っていこう。彩華。」
「助け合う?」
「このカクテルも手が込んでる…。」

 賢人はグラスを見ながらゆっくり語り始めた。

「彩華は完璧なんだ。いつも、ずっと。俺の帰りが遅い時は、体に優しい食事を用意して、ちゃんと待っててくれる。俺が気付いた時には洗濯も掃除も終わってる。いつしてくれたのかわからない時もある。」
「私だってずっと一人暮らししてたのよ?することしてただけよ。」
「俺が体調崩した時は、大袈裟な看病はしない。ひとりの時間もちゃんとくれる。」

 賢人はグラスから私の目に目線を向ける。

「彩華。俺が一番嬉しいのは、俺の話を聞いてくれることだ。」
「話?賢人も私の話聞いてくれてるでしょ?」
「家でも外でも、彩華は俺のどんな話もずっと聞いてくれる、じっくりね。でもそれは彩華も同じはずなのに、彩華は良くない話はあまりしない。仕事の小さな愚痴なんかもほとんど言わない。」
「それは…賢人に不快な思いをさせたくないから…。」
「そう、その彩華の思いやり。間違っているとは思わない。でもそういう彩華に負担の掛かる気遣いは、いつか彩華が疲れる。」
「そんなことない…そんなことないよ?賢人。」

 賢人は私の手を握った。強く握った。

「彩華。俺達は夫婦になるんだ。」
「ふう…ふ…。」
「共に行動して、共に持ち合う。共有するんだ、ふたりで。」
「共に…。」
「いきなりとは言わないし、俺もそれがどんなカタチなのかもわからない…。一緒に探していこう、彩華。」

 難しい顔はやめて、私は笑った。

 この人の為に生きていく、この人に私の全てを注ぐ。そう想ってきた。その想いが強くなる。賢人だけじゃない、これからは私にも、私を注ぐ。生きていく。愛おしい、賢人。

「また、賢人に気付かされた。」
「なに?彩華。」
「私の知らない私。」
「ずっと見てきたから、彩華のこと。」

 もう素直に言える。堂々と。

「私も賢人のこと見てる、ずっと。」

 私達は改めて、約束という乾杯をした。ジンの香る賢人が私の手を取る。

「おいで彩華。」

 私は賢人に付いて行く。行く先はベッド。ベッドに座り、私の指を組む賢人は言った。

「そうだ彩華。」
「なに?」
「彩華。セックスがしたい時も、ちゃんと言って欲しい。」

 私は賢人にキスをする。そして賢人の目を見ながら、賢人を撫でる。

「それも、今までも言ってたでしょ?」
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