デアウベクシテ
第4話~よろしく
「入りなよ。」

 その人は鍵とドアを開け、私を見ている。

(この人、自殺を…。今日何かしようとしても、私が止められるかもしれない…。)

「お邪魔します。」

 部屋に入った。部屋を見渡す。広い。綺麗。シンプルなんだけど、家具ひとつひとつがお洒落。配色、レイアウトも完璧。こんな人がなぜ自殺を。

「綺麗な部屋。」
「何もないだけだよ。適当に座って。コーヒー淹れる。」

 私はソファに座る。その後の記憶がなかった。

 目が覚めた。見掛けない壁掛け時計を見たらお昼になってた。見慣れないベッド。

「起きた?」

 すぐそばで、どこかで聞いたことのある声。その人だった。

「おはよ。」
「…私…。」
「ソファに座ったらすぐ寝ちゃったんだよ。今度こそコーヒー淹れる。」

 私は起き上がる。またソファに座った。コーヒーのいい香り。

「どうぞ。」
「ありがとう。」

 その人はマグカップをテーブルに置いた。私の隣に座る。

(何でこうなったんだっけ?…あ…私はこの人の自殺を止めなくちゃ…。)

 私はマグカップを手にする。そのコーヒーはすごく美味しかった。

「美味しい…。」
「ドリップしてるからね。」

 キッチンを見てみるとハンドドリップで淹れた形跡。なるほど。広くてお洒落で綺麗でいい暮らし。なぜ自殺を。ますますこの人がわからない。

 私はコーヒーを飲みながら、立ち上がって部屋を見回る。それほど部屋は広かった。ソファ、テーブル、デスク、テレビ、ベッド。いちいちお洒落だった。

 気になった中途半端な背の棚。CDがぎっしり詰まってる。私はそこにしゃがんだ。ざっと100枚以上はあった。洋楽は全くわからないけど、邦楽ならなんとかわかるかも。

「音楽、色々聞くんだね。」
「古いやつばっかりだよ。今はもう全然聞いてない。」
「あ…。」

 私は1枚のCDを取り出した。

「このCD好き。このバンドの中で一番好きなアルバム。途中で買うのやめちゃったけど。」
「それいいよね。俺も一番好き。俺ももう買ってない。…なんか違うなって思うようになって、それから買わなくなった。」

 私も同じ、そう思って買うのをやめた。私はCDを戻す。その隣。別のバンドのCD。今私が一番好きなバンドのCD。他のものとは違って、ピカピカしてる。シングル、アルバム、1stから最新のCDまで全て揃っていた。私はまた1枚取り出す。

「ねえ、このバンド好きなの?」
「うん、いつもライヴ行ってるよ。」

 私は驚く。リフトはないものの、行列はできないがダイバーは止まない。激しいライヴ。

「あなたがライヴ??騒ぐの??…まさかダイヴなんかは…しないよね…?」
「するよ、ダイヴ。楽しいよな。」
「嘘でしょ??」
「なんで?」
「だってどう見たってあなたは大人しい人にしか見えないし、想像もつかない…。」

(昨日は透けて見えるくらいの姿だったのに。)

「そんなことないよ。」

 その人は少しだけ笑いながら言った。

「君も好きなの?そのバンド。」
「うん。」
「ライヴは?」
「行ってる。」
「じゃあ今度一緒に行こうよ。」

(軽い。)

「モッシュゾーン?ダイヴは?」
「モッシュゾーンには入るけど、ダイヴはしない…女だし…。面白そうだなとは少し思うけど…。」
「女の人だってする人いるじゃん。次行った時持ち上げてあげるよ。」
「でもあれって人に迷惑かけるだけじゃない。特に硬いソールのブーツ履いた人。ぶつかって痛いだけ。こっちはライヴを楽しみたいのに。」

(あ。)

「ごめん…あなたが悪いとか、そういうんじゃなくて…。」

(あ。いつの間に会話を?)

 その人は優しく言った。

「君は本当に優しいんだね。」

 私はCDを元に戻す。ソファに戻る。

「名前、何ていうの?」

 その人は私に聞いてきた。私達は連絡先を交換した。

「ケント?」
「そ。カミヤ ケント。」
「フルネーム、漢字で教えて。そう登録したいの、私。」

 その人は軽く笑った。

「たまにいる。そーゆー人。」
「私はそーゆー人のひとり。いいから教えて。」
「神に谷、賢いに人。」
「君は、永瀬(ながせ)…。」
「あやか。永瀬(ながせ) 彩華(あやか)。」
「彩華…。よろしく、彩華。」

(軽い。しかも『よろしく』って何?)

「なに?」

 その人をじっと見る私に、その人は聞いてきた。

「まだ俺のこと心配?」
「当たり前でしょ…。」
「聞かないの?理由。」

 コーヒーを見ながら、私は今度はこう答えた。

「話してくれたら聞く。」
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