デアウベクシテ
第5話~代わり
「結婚したんだ、婚約してた彼女が。他の男と知らない間に。」
その人は言った。平然とした顔で。
「は…?何それ、意味わかんない…。だって婚約してたんでしょ?」
「…俺が聞きたいよ。」
「怪しいとことかなかったの?」
「全然。」
「全くなかったなんて、ありえない…。」
「間接的に知ったんだ。共通の友達に『お前ら、いつ別れたんだよ』って。」
私はその人に聞いた。平然とした顔で。
「だから自殺を?」
「そんなこと、考えたこともなかったんだけど…。何でだろうな…。あの時、ふと…。」
『ふと』そのくらいなら、私にも気持ちはわかる。
「それくらい、その彼女のこと好きだったのね…。でも当たり前か…婚約してたんだもんね…。」
『婚約』って何?考えたくもない。知らなくていい。
「昨日、いつもは行かないような飲み会に行った。そしたら彩華に会った。」
「それで?」
「彩華に助けられた。彩華、あったかかった。彼女みたいだった。俺は彩華に助けられたんだ。」
私は動きを止める。
「彼女の代わりね。」
「え?」
「私、浮気とか二股とか、そういうのなら全然いいの。でも誰かの代わりだけは、絶対に嫌。」
私は立ち上がる。バッグを持つ。
「さようなら。」
私も5文字で終わらす。勢いよく部屋を出た。エレベーターのボタンを押す。運良くすぐ止まった。マンションを出る。走って駅に向かう。走ってる途中。
「彩華!」
その人が私を呼ぶ声がする。
(なんで?…なんで?)
私は振り向かない。走る。その人は追ってくる。声も足音も大きくなる。
「彩華!」
私はその人に腕を掴まれる。足が止まってしまった。
「なに?!」
その人を睨んだ。
「謝ろうと思って…。ごめん、そんなつもりで言ったんじゃない。」
「どうでもいい。いいから離して。もう二度と会わない。代わりなら他の子探して。」
私は腕を振った。その人の手が離れた。それでもまた掴んできた。
「彩華。」
「馴れ馴れしく呼ばないで!」
私は叫んだ。苦しい。感情的な私は、私らしくない。
「謝りたかった。ごめん。」
「…そんなんだからフラれるのよ…。あんたなんか助けなきゃよかった…。…あんたなんか…。」
自分でも思った、酷い言葉。
「…どうにでもなればいいのよ…。」
私は腕を振り払い、また走り始める。
「彩華は彩華だ!彼女でも他の誰でもない!」
どうでもいい。私は走り続けた。後ろから足音がする。その人だ。私はすぐに追い付かれてしまう。
狭くて誰もいない道だからって、今は昼。その人は私の後ろから抱き付いてきた。私の耳元で言う。
「行くなよ。」
私は驚きもしなかった。
「どうして?」
「好きだから。」
「昨日会ったばっかりなのに?」
「好きになった。」
「私は…。」
「彩華は?」
私は正直に答えた。
「…どうでもいい…。」
「じゃあ付き合おう。」
「私のこと、軽い女だと思った?簡単に引っ掛かったって思ってるでしょ。」
「そんなこと思ってない。」
「じゃあ何て思ったの?」
「彩華、悲しそうに見えた。」
その言葉が胸にきた。
「彩華の笑顔、見てない。」
情がない。部長に気付かされたこと。
「ほっとけない。付き合おう。」
私は悲しそうで笑わない女。笑えない。
「俺のこと心配して一晩…それ以上一緒にいたのに、何で自分のことはどうでもいいんだよ。おかしいだろ。彩華をそんなに悲しませてるのは何なんだよ。」
「あなたに関係ない。」
「賢人。」
「え?」
「俺は『あなた』じゃない。『賢人』だ。」
「賢人…。」
流されて言ってしまった、その人の名前。
その人は言った。平然とした顔で。
「は…?何それ、意味わかんない…。だって婚約してたんでしょ?」
「…俺が聞きたいよ。」
「怪しいとことかなかったの?」
「全然。」
「全くなかったなんて、ありえない…。」
「間接的に知ったんだ。共通の友達に『お前ら、いつ別れたんだよ』って。」
私はその人に聞いた。平然とした顔で。
「だから自殺を?」
「そんなこと、考えたこともなかったんだけど…。何でだろうな…。あの時、ふと…。」
『ふと』そのくらいなら、私にも気持ちはわかる。
「それくらい、その彼女のこと好きだったのね…。でも当たり前か…婚約してたんだもんね…。」
『婚約』って何?考えたくもない。知らなくていい。
「昨日、いつもは行かないような飲み会に行った。そしたら彩華に会った。」
「それで?」
「彩華に助けられた。彩華、あったかかった。彼女みたいだった。俺は彩華に助けられたんだ。」
私は動きを止める。
「彼女の代わりね。」
「え?」
「私、浮気とか二股とか、そういうのなら全然いいの。でも誰かの代わりだけは、絶対に嫌。」
私は立ち上がる。バッグを持つ。
「さようなら。」
私も5文字で終わらす。勢いよく部屋を出た。エレベーターのボタンを押す。運良くすぐ止まった。マンションを出る。走って駅に向かう。走ってる途中。
「彩華!」
その人が私を呼ぶ声がする。
(なんで?…なんで?)
私は振り向かない。走る。その人は追ってくる。声も足音も大きくなる。
「彩華!」
私はその人に腕を掴まれる。足が止まってしまった。
「なに?!」
その人を睨んだ。
「謝ろうと思って…。ごめん、そんなつもりで言ったんじゃない。」
「どうでもいい。いいから離して。もう二度と会わない。代わりなら他の子探して。」
私は腕を振った。その人の手が離れた。それでもまた掴んできた。
「彩華。」
「馴れ馴れしく呼ばないで!」
私は叫んだ。苦しい。感情的な私は、私らしくない。
「謝りたかった。ごめん。」
「…そんなんだからフラれるのよ…。あんたなんか助けなきゃよかった…。…あんたなんか…。」
自分でも思った、酷い言葉。
「…どうにでもなればいいのよ…。」
私は腕を振り払い、また走り始める。
「彩華は彩華だ!彼女でも他の誰でもない!」
どうでもいい。私は走り続けた。後ろから足音がする。その人だ。私はすぐに追い付かれてしまう。
狭くて誰もいない道だからって、今は昼。その人は私の後ろから抱き付いてきた。私の耳元で言う。
「行くなよ。」
私は驚きもしなかった。
「どうして?」
「好きだから。」
「昨日会ったばっかりなのに?」
「好きになった。」
「私は…。」
「彩華は?」
私は正直に答えた。
「…どうでもいい…。」
「じゃあ付き合おう。」
「私のこと、軽い女だと思った?簡単に引っ掛かったって思ってるでしょ。」
「そんなこと思ってない。」
「じゃあ何て思ったの?」
「彩華、悲しそうに見えた。」
その言葉が胸にきた。
「彩華の笑顔、見てない。」
情がない。部長に気付かされたこと。
「ほっとけない。付き合おう。」
私は悲しそうで笑わない女。笑えない。
「俺のこと心配して一晩…それ以上一緒にいたのに、何で自分のことはどうでもいいんだよ。おかしいだろ。彩華をそんなに悲しませてるのは何なんだよ。」
「あなたに関係ない。」
「賢人。」
「え?」
「俺は『あなた』じゃない。『賢人』だ。」
「賢人…。」
流されて言ってしまった、その人の名前。