上司は優しい幼なじみ
「ごめんね、急に呼んじゃって」

「いや。話したかったから、陽菜から声かけてくれてよかったよ」

無視したこと、避けたこと、怒らないんだ。
もしかしたら、そんな感情すら私に持たなくなったのかもしれない。

突き放したのは自分だ。
改めて自分の気持ちをきちんと伝えたいなんて、身勝手にも程があると思われるかもしれない。

太ももの上に乗せた拳をぎゅっと握る。
爪が手のひらに食い込むほど、その力は強かった。

沈黙が流れる車内。
たっくんは私の言葉を待っているのだろう。

その重たい空気を破ろうと口を開いた瞬間、たっくんの声がそれを制した。

「ちょっと路肩に停めてもいいかな?」

「ん?うん」

何台も車が並ぶ車線を外れ、空いたところに出たたっくんの車は、徐々にスピードを落とし、やがて停車した。

ハンドブレーキを上げ、ハザードのカチカチという音が静かな空気を揺らした。


「陽菜、俺…あの時言葉足らずだと思った。ごめん」

「えっ」

そう言って頭を下げる。予想外の行動に思わず目を丸くした。
謝らせたかったのではない。私には伝えたいことがあるんだ。

「異動のこと…辞令の直前に伝える形になったのは事実だ。ごめん。陽菜に一言も相談しないで一人で決めたことで陽菜を傷つけた。ごめん」

たっくんの言葉を最後まで聞こう。全て受け止めよう。
彼の目をじっと見つめる。交わる視線に、これまでの気まずさは感じなかった。
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