【女の事件】とし子の悲劇・4~遺恨の破砕波(おおつなみ)
第8話
8月2日の昼前のことであった。

場所は、鶴岡八幡宮の参道沿いの若宮大路にあるおしゃれなカフェレストランにて…

アイツの姉夫婦は、さよこを連れてアイツの父親と一緒にさよこのお見合い相手とお見合い相手のお母さまと兄夫婦に会って、ランチを摂りながら話し合いをしていた。

ランチを摂りながら楽しくお話をするはずが、アイツの姉が一方的になってペラペラとおしゃべりをしていたので、空気がよどんだ。

アイツの姉は、さよこに『お母さん、お見合い相手の人のご家庭が気に入ったから…早いうちに挙式披露宴を挙げた方がいいわ…ねえ…そうしましょう…』と言うてせかしていた。

アイツの姉のダンナは『そんなにせかすなよ…』と困った表情になっていた。

アイツの姉は、一方的に話をトントン拍子で進めていた。

その頃であった。

ところ変わって、長谷東町にある缶詰工場にて…

作業場では、従業員さんたちは完成した製品を2ダースずつ箱に入れて行く仕事と箱の折りたたみをする仕事に分かれて作業をしていた。

作業場内に正午を知らせるサイレンが鳴ったので、従業員さんたちは休憩室へ行ってお昼ごはんを摂る。

休憩室にて…

お弁当屋さんの黄色いキャリーの中に入っているお弁当箱を、従業員さんが次々と取って、空いている席に座って、お弁当を食べていた。

かずひこさんもキャリーの中からお弁当箱を取ったが、お弁当いらないと言う表情になっていたので食べながった。

従業員さんたちに支給されるお給料が、7月の支給分から大きく減るので、かずひこさんの気持ちのすさみはますますひどくなっていた。

そんな時であった。

社長さんが、かずひこさんのそばにやって来た。

社長さんは、優しい声で『いっしょにごはんを食べよう…』とかずひこさんに言うて、となりの席に座った。

社長さんは、てんやもののおすしが入っている容器を置いてから、かずひこさんにこう言うた。

「かずひこさん、どうしたのかな?」
「何だよあんたは!!何をしに来たのだ!!」
「いや、かずひこさんがこの最近お弁当を食べていないと聞いたから心配になっているのだよ…ひとりぼっちで食べているから食べれないと思って、一緒にごはんを食べようと言ってるのだよ。」
「だから、何のために一緒にごはんを食べるのだ!?」
「何のためにって、コミュニケーションを取るためじゃないのか?…かずひこさんがよくがんばっているから、そろそろごほうびをあげようと思って、話がしたいのだよ…かずひこさんはうちにきてから20年間安いお給料に文句ひとつも言わずに働いていたから、そろそろごほうびを与えようかなと想っているのだよ。」
「よく言うよクソバカジジイ!!オレが高校を卒業して専門学校へ進学することが決まったのに、キサマのせいで行くことができなかった!!あやまれよバカ!!」
「その時は、かずひこさんのお父さんに借金の保証人をお願いしていたのだよ…うちのセガレが起こしたもめ事の示談金をクメンするために必要だったのだよ…かずひこさんのお父さんは、私の親友だから…」
「親友だからオヤジを利用したのか!?」
「だから、借金は完済できたから…」
「完済できても、またお金を借りるのだろ…」
「うちは経営が苦しいのだよ…信用金庫にユウシの申し込みに行っても断られる…」
「あんたのくそたわけた性格が原因でユウシを断られるのだよバカ!!」
「順番が回ってこないだけなのだよ…」
「順番が回ってこないからオヤジのところへカネを借りに行くのか!?ムジュンしているよ…『そろそろごほうびを与えたい…』と言うけど、そんなんうそに決まってるよ…従業員さんたちのお給料を食い物にするだけ食い物にしておいて、なにがごほうびだ…何とか言えよ!!」
「かずひこさん、私が悪い人間に見えるのかね…借金をしたのは遊びのお金ではなく、必要なお金だった…」
「うるせーな!!キサマのグダグダした話なんかヘドが出るのだよ!!」
「それじゃあ、ごほうびはいらないのかね…」
「あんたの言っているごほうびなんてウソつきだ!!オレが結婚がしたいと想って真剣に考えていたのに、キサマが止めたことは今でも怒っているのだぞ!!他の人の結婚は喜んで、オレはいかんと言うのか!?」
「だから悪かったよぅ…あの時はお給料がお嫁さんを十分に養える金額ではなかったこととかずひこさんに任せるお仕事が他になかったのだよ…私だって、外へ回ってお仕事をお願いしますと頭を下げてお願いしているのだよ…だけど…断られて…」
「キサマのヘラヘラした性格が原因で仕事がもらえないのだよ…ごほうびごほうびと繰り返してばかり言うけど、あんたの言うごほうびって何なのだよ!!」
「かずひこさん、本当にごほうびはいらないのかね…」
「キサマの言うことはデタラメばかりだから、信用できない!!」
「それじゃあ、従業員さんたちに少しだけど手当てを上乗せしますと聞いてもいらないと言うのだね…福利厚生の特典を使って、近くでもいいから従業員さんたちの旅行やプロ野球観戦へ行こうと言うても行かないのだね…もうわかった…他の従業員さんたちはみんな喜んでいるのに、かずひこさんはいらないと言うことにしとこわい…」

(バーン!!)

かずひこさんは、弁当箱の中に入っているおかずにツバをはいて、社長さんが食べるてんやものの中にドサッと入れた後、社長さんをにらみつけていた。

「何てことをするのだ!!わしの食べるてんやものに何てことをするのだ!?」

社長さんは、かずひこさんからてんやもののおすしにひどいことをされたので思い切り怒っていた。

しかし、かずひこさんは『それがどーかしたのか…』と言う表情になっていたので、社長さんは返す言葉がなかった。

かずひこさんは、社長さんに背を向けて休憩室をあとにした。

同じ休憩室にいた従業員さんたちも、しらけた表情で社長さんを見つめていた。

従業員さんたちの表情は『よく言うよオンボロ経営者が…』などと陰口を言うた。

その後、従業員さんたちは社長さんを次々と小突いて、休憩室から出て行った。

遺恨の破砕波(おおつなみ)の第1波は、缶詰め工場へも押し寄せた。

工場では、従業員さんたちのお給料が7月支給分から減らされることが決まって以降、蓄積されていた不満が爆発する恐れが出た。

7月初め辺りから従業員さんたちが次々とやめていたので、深刻な人手不足におちいった。

社長さんは、必死になって従業員さんたちの引き留めに出たが、従業員さんたちは次々とやめて行ったので、引き留めに失敗した。

7月は、4人の従業員さんたちが工場をやめた。

社長さんは、従業員さんたちを引き留めたい気持ちでいっぱいになっていたが、それも限度が来ていた。

そして悲劇は、一気に加速して行くのであった。
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