死にたがりの僕が、生きたいと思うまで。
「あづくーん、ご飯できたわよ」
手当てが終わったところで、怜央のお母さんがドア越しに声をかけてくる。
「え?」
思わずそんな声が漏れる。
どうやら怜央のお母さんが、俺がお風呂に入ったり手当てをしてもらったりしてる間に簡単な料理を作ってくれたみたいだ。
ドアを開けると、すぐそばにおぼんを持った怜央のお母さんが立っていた。
おぼんの上には皿が二つと、白米が入ったお茶碗と、お味噌汁が入ったお椀があった。もちろん、箸も一膳置いてある。
皿の上には肉じゃがと、カツオのたたきがあった。カツオのたたきはネギが振りかけてあって、調味料が上にかかっている。色が茶色いから、多分醤油かポン酢だろう。
「ありがとうございます!」
まさか作ってくれると思ってなかったから、つい気分が高揚して、大きな声で礼をいった。
おぼんを勢いよく受け取る。
「そんなに喜んでもらえると、作りがいがあるなあ」
俺の機嫌がいいのが面白かったのか、怜央のお母さんは笑いながら言った。
「えーカツオ、今日のご飯に出てなかったのに、なんで」
怜央がおぼんを見て、不満げに口を尖らせる。
「もう。そんなこと言わなくたって、ちゃんと明日の夜また出すわよ。あづくんの分しかないわけじゃないから」
「よっしゃ!」
怜央が嬉しそうにガッツポーズをする。
「いちいち大袈裟ね、怜央はあづくんに似て」
そう言って怜央のお母さんは怜央の頬にそっと手を当てる。
「だって俺、カツオめっちゃ好きだし」
「そんなの知ってるわよ。カツオ、毎日出てもいいくらい好きだもんね」
怜央のお母さんが、怜央の頬をツンツンとつつく。
「わ。やめろよ」
頬を赤くして怜央は言う。
「はいはい。あづくんと仲良くね」
そういうと、怜央のお母さんは笑いながら、ダイニングに戻った。
「仲良いんだな」
あんなふうになんでもないやりとりを母さんとしたことなんてなかったから、思わずそんな感想が漏れた。
虐待をされてなかったら、俺も母さんとあんなふうに喋っていたんだろうか。
「まあな。俺一人っ子だし」
「俺も母さんと、あんなふうに話せたらいいのに」
叶うはずもない願望が、口から飛び出す。虐待されてる自分がそんな願いを持ったら辛くなるだけだってことくらいわかっていた。それでも、あんな仲睦まじい親子の様子を見たら、自分もいつかそうなりたいと嫌でも思ってしまう。母さんと、仲良くなりたいと思ってしまう。たとえそれが、絶対に不可能なことだとわかっていても。
「あづは本当に母親が好きなんだな」
怜央は目尻を下げて、悲しそうに笑った。
「うん。俺は、母さんが好き」
瞳から、ぽたぽたと涙が溢れ出す。
「届くといいな、いつかその想いが」
俺の背中に両手を回して、怜央は囁くように言った。怜央の声が天使のように穏やかで、つい助けを求めてしまいそうになった。
「れ、怜央っ」
背中に手を回して、怜央の肩に顔をうずめる。
「ああもう。そんなに泣くなよ。冷めちまうぞ、ご飯」
俺の涙を拭って、怜央は笑う。
「……うん。ありがとう、怜央」
そう言って、俺はぎこちなく笑った。