侯爵令嬢は殿下に忘れられたい!
次の日、
「おはよう、クラリス」
「お、おはようございます。その服装は何でございましょう‥?」
逃げても結局登城するので無駄だと気づいたのは馬車に乗って冷静になってからだった。
しかし忙しい殿下と2日連続で顔を合わせることはないだろうと思っていたが、まさかの朝一番でお会いすることになるとは。
そしていつもの微笑みを浮かべながら私の前に現れた殿下の服装を見て嫌な予感がする。
いつもとは違う、町にいる男性の服装に身を包んでいる。
「今日はクラリスは孤児院に行くって聞いて私も行くことにしたからよろしくね」
「‥そうなのですね。こ、こちらこそよろしくお願いしますわ」
ここで一緒に孤児院に行ってお仕事大丈夫ですか?などと遠回しに来なくて大丈夫ですと言っても殿下は絶対に譲らないことが想像できるので何も言わず諦める。
まさか私が逃げたから昨日の話の続きをするつもりじゃないわよね?
馬車の中で雑談のように話されたらたまったものじゃない。
そんなクラリスの心の内を知らないルバートは、
「私は執務室にいるから、準備が終わったらまた会おう」
そう言うと護衛と共に執務室へと颯爽と歩いていく。
クラリスはルバートが角を曲がり姿が見えなくなると小さくため息をつく。
家から流石に町娘の服を着ていくことはできないので持参してきたが忘れたということにしたい。
本気で忘れたことにしようかと悩むクラリスの真後ろから、
「はうっ!!!近くで見るとやばいですね!」
興奮した声が聞こえてきてメイもいたことを思い出す。
「メイ!」
慌てて振り返って静かにしてと口に人指さしをあてる。
着替えや髪を一人でするのは難しいため今日だけメイも一緒に城まで来て貰ったのはいいけれど、殿下とお会いするなら違う侍女に頼むべきだったかもしれない。
「あんな近くで見たの初めてですけど、オーラというかすごいですね!王族の方はみんなそうなのですか?」
興奮を抑えきれないメイは小声でクラリスに聞く。
「‥そうね。デビュタントのときに国王様と王妃様ご挨拶した時も確かに圧倒されるものがあったわ」
「ということは、クラリス様も何年かしたらとああいう風になるってことですよね?怖くて近づけなくなったらどうしよう?!あ、結婚しても私も一緒に連れてってくださいね!私はクラリス様の侍女として一生ついていきますので!!」
「だから静かにっ」
この会話が誰かに聞かれていたらと気が気ではない。
まだ一応婚約者候補なのだ。
なのにまるで決まったいるかのような態度は周りからさらに反感をもたらす。
この時ばかりは侯爵という身分と完璧令嬢という呼び名には感謝する。
これでとりあえず表立って嫌味を言ってくる人達はあまりいないだろう。
でもお茶会で殿下の近くの席に座ろうとしていたご令嬢全員に今後睨まれるのは間違いない。
まぁ、睨まれるだけで済むならまだいいけれど。
「とりあえず移動しましょう」
ずっと立っていては不自然なので着替えるための部屋に向かう。
メイに城下に行きたくないなどと言ったら騒ぐことは目に見えているので、服を忘れたことにしよう作戦は諦めるしかない。
「お嬢さまは最高に可愛い町娘にして、ルバート殿下をさらに惚れさせちゃいましょう」
「ほどほどにしてちょうだいね‥」
殿下と一緒に行って何も起きませんように!
クラリスはそう祈るしかなかった。