侯爵令嬢は殿下に忘れられたい!
「ご機嫌よう、殿下」
庭園が眺められる、お城の一室。
婚約者候補になったお茶会から5日後、ようやくクラリスはルバートに会うことができた。
「会えて嬉しいよ。クラリス嬢」
相変わらずの眩しい笑顔。
本当に嬉しいのかしら…?
そもそも婚約者になったことといい殿下が何を考えているのかさっぱりわからない。
でもなによりもまずは、
クラリスは目が合った瞬間、早速能力を使おうとする。
やっぱりダメね。この間とまったく一緒だわ。
効かないのはどうやら間違いなさそうだ。
それよりまずは殿下に一言、言ってやるんだから!
「私、王妃なんてなりたくないとと申し上げたはずですが。なぜ殿下の婚約者になっているのでしょうか?もう一度言いますけど、殿下と結婚なんて嫌ですわ!!」
完璧令嬢の仮面を取ったクラリスはルバートを睨みながら言う。
「クラリス嬢は嫌かもしれないけれど、私は婚約を望んだからね」
ルバートはクラリスの睨みにも何の反応も示さずいつもの笑顔で言う。
「つまり私の気持ちは一切無視と」
「そうだね。でも君の父上の了承は得たから問題ないはずだ」
「それはそうですが…」
侯爵家当主である父が了承すればそこに本人の意思は関係ない。
ルバートに座って話そうと言われ、クラリスはあなたと話すことなんてありませんというツーンとした表情をしながら椅子に座る。
「そんな顔をしないで。クラリス嬢の意思を無視して、婚約者にしたことは申し訳ないとは思っている」
「じゃあ、どうして…。それに、もうわかっていると思いますけれど私は完璧令嬢なんかじゃないです。今もこんな態度ですし、殿下の結婚相手には絶対ふさわしくありません」
「ふさわしくないかどうかはクラリス嬢が決めることではないよ。そんなに私と結婚するのは嫌なのかな?」
「それは前にも申し上げた通りです。私は平穏な生活を望んでいます。王族としての責務は私には荷が重すぎます」
「私はすぐに王になるわけではないし、王妃である母上も別に自由にやってると思うけどね。そんな自由が一切ない、なんてことはないよ」
「だとしても私には王子妃、王妃の器ではありません」
「じゃあ、クラリス嬢は私が王族でなければ良かったということ?それなら、君もそこらへんにいる令嬢と同じだよ。王族という身分だけで私を判断するのなら」
ルバートのその言葉にクラリスは何も言えなくなってしまう。
確かにこれじゃあ見かけや地位に寄ってかかる御令嬢と同じだわ。
ルバート自身のことをクラリスはほとんど知らない。
お茶会で話したのが初めてなのだ。
ただ薔薇をくれたり優しい人ではあると思う。
「だから一回王妃になりになりたくないとかそうことは置いといて、ただのルバートととして接して欲しい。それでも私と結婚したくないならその時はまた考えるよ」
「…そこは婚約を破棄しようとは言わないのですね」
クラリスはちょっと期待しただけに思わず言うとルバートは微笑みながら流れる動作でクラリスの手の甲にキスを落として、
「私は君と結婚したいから。そんなことは言わないよ」
「っ…!」
ルバートの思いがけない言動にクラリスは一気に顔が赤くなる。
「それと、私はクラリスと呼ぶからどうか私のことはルバートと呼んでほしい」
「…わ、わかりました。ルバート様と呼ばせて頂きます」
ずるい…本物の王子様は本当に王子様だわ。
そんな風に言われたら断れるわけないじゃない。
クラリスは無意識に熱くなった頬に手を当てながら、意味がよくわからないことを思う。
名前で呼び合うってまるで恋人同士みたいじゃない。私たちが名前で呼び合っていたら周りの人達はそれこそ恋人だと勘違いするかもしれない。
それはそれでまずいのでは?
そこまで考えてクラリスふと疑問が沸く。
「ちなみに私が婚約者だと既に知っている方はどれほどいらっしゃいますか?」
「私の両親と側近、後は数人の護衛と侍女かな。でも、この間のお茶会や今日クラリスが城来ていることを目撃している人もいるからみんな何となくわかっていると思う」
「…え」
ルバートのさりげない爆弾発言にクラリスは一気に頬の熱が冷める。
みんな何となくわかっている…?
ミンナナントナクワカッテイル?
それじゃあ私の能力の意味がないわ!!
殿下や側近、護衛までなら能力を使うチャンスは多々あるから大丈夫だと思っていた。
そして殿下の両親、王様と王妃様に力を使うのは流石にできないけれど、うまく殿下の記憶をつなぎ合わせて婚約破棄したことを私から伝えればどうにかなると思っていたのに…!!
私、既に詰んでいるのでは?
「あ、このあとお披露目の時のクラリスのドレスについて相談しようと思って、デザイナーを呼んでいるから一緒に考えよう。時間があまりないからそこまで凝ったものは難しいかもしれないけれど」
「ドレス…この後…」
クラリスは茫然と呟く。
もはや能力を使える使えないの話ではない。
このままでは外堀が埋められてしまう。
「ごめんね…クラリスの逃げ場所はどこにもないかも」
そんなクラリスの姿を見てルバートは申し訳なさそうな顔をしたと思ったら、次の瞬間にはそれはそれは優雅に微笑んだ。
その時、クラリスは悟った。
殿下はただの爽やかな王子様なんかじゃない。笑顔の裏でいろいろ考えている一番まずいタイプ。
こういうのは良く言えば策略家、悪く言えば腹黒いって言うのかしら…。
能力を使ってももはや意味がないことがわかった今、殿下を出し抜くなんて、そんなの…絶対無理じゃない!!
たった1日でクラリスの戦意はもはや喪失したのだった。