侯爵令嬢は殿下に忘れられたい!
それから踊りの練習や婚約発表の打ち合わせなどで嫌でも毎日城に行かなければいけなくなった。
行きたくないと思っても朝から城に出仕する父と同じ馬車で強制連行されるものだからもうどうしようもない。
どんな時も娘の味方だと信じていた母でさえ殿下の婚約者となれば話は別で笑顔で追い出される。
そして、殿下から毎日届けられる薔薇の花束を見ながらやっぱり花を送ってくれる殿方と結婚するのが1番よねえと呟きながら父を冷たい目で見ていた。
どうやら花の一つも送ってくれない父のせいで母は花が嫌いになったようだ。
「クラリス様、申し訳ないのですが殿下は会議が遅れてましてお待ちいただきます」
「わかりました。全然構いませんわ」
にっこりと笑ってルバート殿下の側近に言う。
実のところあれから毎日城には来ているが、殿下と話す暇もないほどお互いに忙しいのだ。
そして、今日ようやく話す時間が取れた。
結婚がかなりの現実味を帯びてきた以上、殿下と約束したのもあるが向き合う必要があることはわかっていた。
まず向き合うには相手を知る必要がある。
そして、知るためには誰かに聞くという手段がある。
クラリスはちらりと少し離れているところにいる殿下の側近であるアルトを見る。
側近であって護衛ではないのでずっとそばにいるわけではないらしいが執務中の殿下の隣には大体いるのを見かける。
どうやらマナー担当のおしゃべりな先生が言うには殿下と彼は幼なじみらしい。
アルトさんなら殿下の情報をたくさん持っているはずだわ。
「少し伺ってもよろしいですか?アルトさんからみて、ルバート殿下はどんな方ですか?婚約者として知っておきたくて…」
まずは当たり障りのない質問からしてみる。
ちなみにクラリスは殿下の以外では相変わらず完璧令嬢の仮面を被っている。
家と外では振る舞い方違うようにクラリスの外の姿が完璧令嬢なのだ。
ルバートの前では本来の姿で話すことができるが完璧令嬢としての振る舞いが体に染みついて、もはや演じているというよりも当たり前になってきている部分もある。
「ルバート様ですか?そうですね、聡明で剣の腕も相当なもんですし、失敗してる姿を見たことないですね。天才的な方だと思いますよ」
「完璧な方なのですね」
さすが殿下だわ。偽物の完璧令嬢とは違う。
「でも本人は完璧だと思われることが嫌みたいですよ。完璧な人間なんているわけないっていつも言ってますから」
「まぁ…それはそうですわね」
完璧な人なんていない。
完璧に見せているだけ。
自業自得で完璧令嬢と呼ばれる私と違って、殿下は完璧であることが求められている。
そこが私と殿下の大きな違いだ。
殿下の完璧ではいけないというプレッシャーも相当なはずだ。
間違いなく大変なのに殿下はすごいわね。
ルバート殿下のことは素直に尊敬する。
「だから安心しましたよ。クラリス様がいらっしゃって」
「え、私…?」
「ええ。殿下は結婚するなら隣にいて安らげる方がいいとおしゃってましたから、クラリス様は殿下にとって安らぎを与えてくれる方なのですよ」
「安らぎ…?」
「ちなみに殿下の結婚相手は別に貴族であるならば誰でも良いと王様から言われてましたし、侯爵家の娘だから選ばれたとかそういうのは一切ないですから」
「嘘よ。まさか…そんなわけないわ」
「あまり喋るすぎると怒られそうなのでこれぐらいにしときます。でも、私はほぼ答えを言いましたからね?あとはクラリス様次第ですよ」
「でも、そんな…えっどういうことなの?全然わからない。そもそもあの腹黒殿下が安らぎを求めてるかしら?」
クラリスはアルトの言葉に衝撃を受けて素に戻り考えていることがダダ漏れなのだが当の本人は気づいてない。
「殿下のおっしゃる通り、クラリス様は面白い方ですね」
クラリスのその様子を見たアルトはクスリと笑いながら言う。
…え、何?絶対にバカにされたわよね。
やはり殿下の幼馴染なだけあって、アルトさんも優しそうな見た目に騙されてはいけなさそうだ。