嘘恋のち真実愛
そういえば、近くに住んでいるのに一度も駅や電車で征巳さんの姿を見たことがなかった。そうか、車だったからなんだ……。

車はマンションの地下駐車場に停められていた。「おじゃまします」と助手席に座り、後部座席と天井を見る。


「なにか珍しいものでもある?」

「えっと、ゆったりした車内だなと」


圧迫感がなく、居心地の良さを感じる空間。でも、緊張する。バッグを膝の上に置いて、雨粒が当たる窓の外を眺めた。

流れていく景色もゆったりとして見える。緊張はするけれど、征巳さんとの時間は窮屈さを感じさせない。

30分程して、会社の地下駐車場に車は入っていく。ここには、朝だからまだ多くの社用車が止まっていた。


「ここに止めているんですか?」

「ああ、特別に許可をもらっているから」

「部長クラスになると優遇されるものなんですね。あ、副社長……」

「ああ、ちょうど同じ時間に来たのか」


白い車から副社長である東郷涼太(とうごうりょうた)さんが、降りようとする様子が見えた。征巳さんはなぜか副社長を見て、嫌そうな表情をする。
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