その上司、俺様につき!
早くも、この日二度目のモヤモヤが胸に広がったが、ここで感情的になっては、せっかくのいい流れが台無しだ。
久喜さんのデスクからは死角になる位置で、左手の甲を思いっきりつねって、ぐっと堪えた。
そしてこの一週間、一番言いたかったことを彼に伝える。
「私、そんなに馬鹿じゃありません。指示されたことは、指示された通りにきちんとこなします」
せっかく、晴れて総務部から解放されたばかりだというのに、上司にこんなことを意見したら、また流刑に処されてしまうだろうか?
(嫌われているのは百も承知だし。これ以上嫌われる要素がないくらいなんだから、少しくらい怒鳴られたって平気よ!)
怯みそうになる心を叱咤するけれど、正直、心臓は激しく脈打っている。
緊張で今にも手が震え出しそうだ。
(かけるだけの恥はもうかいたし、また流刑されたって何とかなるわ……)
ふう、と軽く深呼吸をし、私は久喜さんの目をまっすぐ見つめた。
「昔から、仕事がなくて困るよりは、ありすぎて困る方が性に合ってるんです。あなたも、私がこういう性分なのを見越して、補佐役に指名したんですよね……?」
2人しかいないフロアに静寂が広がる。
やたら日当たりがいい窓から、燦々と陽の光が降り注いでいる。
その陽の光に照らされて、久喜さんの髪が艶やかなきらめきを放っていた。
(芸能人とかとは、また違う魅力なんだよなぁ……)
自分の置かれている状況も忘れ、ほうっと見惚れてしまう。
私はまだ彼の端麗な容姿に戸惑いを隠せない。
「君は……」
私に話しかけるというよりは、自らに言い聞かせるような素振りで、久喜さんが意味不明の言葉を紡ぐ。
「……そうだな、君はそういう人だな」
「……っ!」
我ながら、不躾に上司に意見したものだと思う。
普通、上司に向かってこんな要求を出す部下なんて、そういないはずだ。
怒鳴られても、謝罪を要求されても、最悪クビになったとしても、しょうがないと覚悟して発言した。
それなのに―――。
(久喜さんのこんな表情、初めて見る……)
見ているこちらもつられて微笑んでしまいそうな、優しく穏やかな笑み。
今までは、睨まれるか見据えられるか、どちらかしかなかった瞳が、緩やかな弧を描いていた。
「あ、あの……」
さっきとは違う意味で、心蔵がうるさい。
期せずしてしどろもどろになる私を見て、フッとおかしそうに久喜さんが笑う。
「わかった。では今日から本格的に君に私の補佐をしてもらう」
そして、はっきりと力強い言葉で、私がほしかった言葉をくれた。
「は、はい!」
しかし彼は、やった!と弾かれるように勢いよく返事をした私に、
「では、これから行う面談に立ち会いたまえ」
「は、はい?」
思いも寄らない指示を与えたのだった……。
< 17 / 98 >

この作品をシェア

pagetop