もう誰かを愛せはしない
翌日。

一泊お世話になった礼羽のおじいちゃんとお別れの挨拶を玄関の前でしていた。



「お世話になりました」

「じゃあな、じぃちゃん。また来るから」



礼羽と並んで頭を下げると、おじいちゃんはニコッと笑った。




「いつでも来なさい。待っておるから。…その代わり、来る時は必ず2人でな」

「何、じぃちゃん。メイサの事気に入ったのか?」

「あぁ。メイサさんはバァさんの若い頃によく似ておるからな」



おばあ様の若い頃に?


それは喜んでいいのか、いけないのかわからない言葉だな…。




「礼羽をよろしくな、メイサさん」



優しいおじいちゃんの笑顔を見届けた後、私達は駅までの道を歩き出した。



手を振ってくれているおじいちゃんが小さくなるまで、私と礼羽はおじいちゃんを見つめていた。




「いいおじいちゃんだね」

「だろ?ガキの頃からずっと一緒にいたから、俺にとってみたら父親みたいなもんだけど」



きっと礼羽の優しさは、おじいちゃん譲りなんだね。




「…なぁメイサ。もし俺が医者になれなかったらさ…」

「医者になれなかったら?」



太陽が照りつける畦道には、生ぬるい風が吹き渡る。


その風に乗って礼羽の声が聞こえた。




「ここでじいちゃんの跡継ごうかなって思うんだけど、メイサはそれでもいい?」


「…それって、結婚したらって話?」


「それ以外何があるんだよ」



ちょっと遠回しな言い方が気にくわなかったけど、素直じゃない礼羽の事だから仕方がない。



私は肯定の意味を込めた満面の笑みを礼羽に向けた。











この約束は返上する。


そんな日が来るなんて思いもしなかった。




幸せに浸っていたこの時の私は

ただ礼羽の手を握り締めていた。
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