シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
『そういうことなら、とことん楽しませてあげるよ』

タイセイは指笛を吹いて、エラの注意をこちらに向けると、ちょっと足を速めて歩き始めた。

 太平山道(タイペンサン ストリート)は、進んでいくうちに、必列者士街(ブリッジエス ストリート)につながっていく。ここは古い建物や、学校が並び、映画の撮影などにもよく使われる地区。
 車の交通量も少ないので、リラックスしたぶらぶら歩きをつづけると、士丹頓街(スタントン ストリート)へつながる。そしてふたりは、エラが随喜するにまちがいなしのPMQにたどり着いた。

 PMQは小規模ながら、食事から、ショッピングまでなんでもござれの複合商業施設。PMQの名前はPolice Married Quartersの頭文字から取られている。つまり、ここはかつて既婚者向けの警察宿舎だったのだ。
 1951年に建築されたこの建物はシングルルーム140室、ダブルルーム28室を備え、当時のセントラル警察署からも程近い距離にある便利な宿舎で、中国人警官、といっても当時の警察は中国人以外にもイギリス人やインド人の警官も在籍していたのだが…その彼らが夫婦で住むことを許されていた。
 もっとも、本当の狙いは、より美しく環境の整った宿舎を建てることによって、多くの警察官を募り、また在籍している警官の士気を高めることにあったそうだ。
 やがて時がたち、政情も変わり、2007年までに、ここに住んでいた警察官たちは全員出て行ってしまった。以降、この場所は長い間利用計画が決まらず放置されていたが、2014年6月、歴史とクリエイティブが共存するトレンディスポット、"PMQ"として新しく生まれ変わったのだ。

 新生PMQの特徴は、何と言っても、かつて宿舎だった小部屋をショップに内装替えして、さまざまなアーティストやデザイナー、クリエーターたちがその自慢の作品を披露していることだ。
 それぞれの空間はかつて同じデザイン、同じレイアウトの部屋だったとはとても思えないほど、各オーナーのこだわりで様変わりしていた。
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