シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
「学会が閉会した翌日の夜…きょうで10日になるかしら」
「香港警察には連絡したのだろう?」
「ええ日本国総領事館を通じて…」
「総領事館と香港の警察が動いているなら、彼らに任せておけばいい…」
「総領事館は香港の警察と協力して全力で探してくれると言ってくれたんだけど、言っているだけで、不思議なくらいまったく進展がない。たまらず昨日香港に入ってきたわけ。それで、こちらでいろいろ聞いてみて…私もやっと気づいた…」

 モエは、ダイニングテーブルから身を乗り出してドラゴンヘッドに言った。

「香港はアジア有数の犯罪都市。海の底でものを探すには、海の底の住人にお願いするしかないって…」

 ドラゴンヘッドは、腰につけた巾着からキセルを取り出した。雁首につめこんだ刻みたばこに火を付けると、吸い口から煙を口に含ませる。

「どうなの?得意な仕事だって言っていたけど、口先だけなの?」

 モエは、煙を口から吐くだけで一言も発しないドラゴンヘッドに焦れて、挑発する。

「香港の畏敬と恐怖の象徴であるドラゴンヘッドに向かって、そんな口がきけるとは…あんたの強気はどこから来るのか、ぜひ知りたいもんだな」

 ドラゴンヘッドは、入口の男に短い中国語を投げつけた。
 男はうなずくと、テーブルの上に置かれた写真を自分のスマホで撮影し、札束を持ってキッチンから出ていった。キッチンでは、写真だけが置かれたテーブルをはさんで、ドラゴンヘッド、モエ、そして彼女の袖をしっかりと握った小松鼠だけが残された。
 ことの成り行きを計りかねて、モエは不安そうにドラゴンヘッドを見つめた。

「仕事は受けようじゃないか。ただし、さっきの150万香港ドルは、必要経費だ。別に着手金150万香港ドルを用意してほしい。勿論あんたの言った成功報酬もな」

 モエは、大きく安堵のため息をついた。小松鼠も、彼女の取引が成立した安堵を、握っている袖越しに感じたのか喜んでいるようであった。

「ありがとう。なら、ホテルに戻って、待っていてもいいわね。お金の準備も必要だし… 」

 モエが席と立とうとすると、ドラゴンヘッドがそれを押しとどめる。

「そういうわけにはいかん。あんたは、ここを動かないでくれ」
「…どうして?」
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