シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
「まだ、あんたを信用している訳じゃない。わしたちが動いている間は、あんたをわしの目の前に置いておく方が安心だ」
「でも…いつまで?」
「結果が出るまでだ」
「結果って…何日かかるかわからないじゃない」
「いや、12時間以内で結果は出る」
「どういうこと」
「14Kの本気をなめてはいかんよ…香港はわしらの棲みかだ。生きていようが、海の底に沈んでいようが、この香港に居るのなら、12時間以内で見つけられないわけがない」

 ドラゴンヘッドはキセルの灰をテーブルの角でたたいて床に落とした。

「もし、12時間以内に見つけられないとしたら、息子さんはもはやこの香港には居ないとしか考えられない…いずれしろ、仕事はそこで終わりだ」

 ドラゴンヘッドの勝手な理屈に、腹を立てながらも、彼が言った『本気』という言葉が、頼もしく聞こえたのも事実であった。


〈香港街景〉

 PMQのレストラン。食後のデザートとコーヒーが運ばれたエラとタイセイのテーブルに、初老の紳士が声をかけてきた。

「纐纈先生ではないですか」

 タイセイは、声をかけてきた主を見ると、スプリングがはじけるように席を立つ。思わずエラも席を立とうとしたが、初老の男が彼女を押しとどめて、一礼をする。

「せっかくお食事をお楽しみのところ申し訳ない。レディ、どうぞお許しください」

 さすが中国人とはいえ英国式のマナーを身に着けた生粋の香港紳士。エラを淑女として扱ってくれるその振る舞いに、タイセイの顔もほころんだ。

「梁裕龍(LEUNG Yu Lung)先生。昨日はどうもありがとうございました」
「いえ、何度も言いますが、お招きして本当によかった。お招きするにあたっては演題の医学的エビデンスが不十分だと、口うるさく反対する評議員もおりましたが、結果は予想通り、大変興味深い研究内容だったと、学会員の評価が高いです。ご推薦した自分としては、鼻が高いですよ」
「わたくしこそ。数ある大先生の研究の中から、私のような若造の論文を取り上げていただいたことを、大変ありがたく思っています」
「ところで…」

 梁裕龍先生は、エラとタイセイを見比べながら言った。

「今日は、プライベートですかな?」
「ええ、帰国する前に1日ぐらい香港観光でもしようかと思いまして…明日帰国します」

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