シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
タイセイが目を上げると、エラが顔を寄せて口を開けている。
「何してるんですか、早くください」
エラにせかされて、タイセイはサーモンの小片をエラの口の中に入れた。
「うーん…おいしいけど…どちらかといえば、もう少し脂ののった部分の切り身が欲しかった」
「何言っているんです…脂が多い部分は食べ過ぎると体によくないですよ」
「このおいしい食事を前にして体の心配ですか…」
エラの瞳が少し拗ねているようだった。
「でしたら、次にドクターに食べさせるべきはこれですね」
「それ…ビーフじゃなくて、付け合わせのニンジンですよね」
「それが?」
「僕はニンジンが苦手で…」
「だったら…」
エラは器用にナイフを使い、ニンジンを牛の姿に切り抜いた。
「ほら、これでビーフになった」
「いやいや、やっぱりニンジンだし…」
「ドクターの体を心配しているんです」
「負けました…」
タイセイは抵抗をあきらめ、目をつぶってエラの差し出す牛型のニンジンを口の中に入れた。
「さあ、ミス・エライザの番ですよ。このサーモンのどこが食べたい?」
「ドクターが2番目においしいと思うところをください」
「1番じゃないの」
「そう言って何番目に美味しいところをくれるのか…試しているんです」
馬が合うというのはこういうことなのだろうか。今朝出会ったばかりのふたりではあるが、旧知の友達であるかのごとく会話のキャッチボールをしながら、笑顔でメイン料理を楽しんだ。
〈九龍城砦〉
ドラゴンヘッドの言葉を聞きながら少年を見つめていると、モエにも自然に愛おしさが湧いてくる。思わずバッグからハンカチを取り出すと、少年のよだれを優しく拭った。
「小松鼠があんたの味方についているのなら…話しの続きを聞かねばなるまいな」
そう言いながら、元の席にもどるドラゴンヘッド。しかし、モエに向き直った彼の瞳は、相変わらず漆黒の闇に覆われている。その瞳を信用していいのか、それとも一層の警戒をすべきなのか、モエは計りかねていた。
「で…誰を探しているんだって」
「私の息子よ」
「続けてくれ」
「香港で世界眼科学会に参加するために香港に来ていたの。学会の閉会後に1日香港観光をして帰国する予定だった。それが…突然消息を絶った」
「消息を絶ったのはいつ?」