シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
モエは夫の膨らんだ頬を眺めながら、助け舟を出す。
「無理だったらいいのよ。買い替えれば済むんだし」
「いや、諦めるのは早い…」
その時モエは37歳、開業した眼科医院も好調で脂ののったドクターとして、多くの患者さんを相手に忙しい毎日を過ごしていた。一方、夫のタイスケも大学医学部附属病院のエース心臓外科医として活躍していた。
モエの診療所は和歌山にあり、タイスケの附属病院は岡山にある。
それぞれの事情から、タイスケは岡山へ単身赴任を余儀なくされていたが、眼科医院の休院の時には、モエはできるだけ夫のアパートへ行くようにしていた。普段は厳しく、気丈で、頼りがいのある院長なのだが、夫といる時だけは、なんでも夫に頼って甘えん坊になる。
「こうなったら最後の手段でこのパソコンを初期化するしかないな」
「でも…初期化したら、入っていたデータは全部なくなっちゃうのでしょ」
「ああ、でも重要なデータは外部ディスクにストレージしてるのだろ」
「そうだけど…昔あなたと旅行に行った時の写真をデスクトップ画面にしていたの…それはちょっと惜しい気もするけど」
「確かそれは、俺の外付けハードディスクにとってあったと思う」
「だったら構わないわ」
タイスケはメンテナンスCDを挿入すると、起動画面から初期化ボタンを押した。パソコンはジリジリ音を立てながら、自動で作業を始めた。
「ところで、我が家の御曹司の様子はどうだ?」
時間を持て余したタイスケがモエに声をかける。
「だんだん私への反抗がきつくなっている気がするわ。この間なんか、自分やお父さんより仕事の方が大事なのか…なんて責めるのよ…」
「そりゃいかんな…今度帰ったら、よく言い聞かせよう」
タイスケはそう言いながら、ジリジリと音をたてるパソコンの画面を心配そうにのぞき込んでいる。モエはそんなタイスケの横顔を、しばらく眺めていた。
「ねえ、あなた…」
「なんだよ…」
「あの…」
「今更、新しいノートパソコン買うなんて言うなよ」
「違うわよ…」
「だったら、なに?」
「私…仕事辞めて、家事に専念したほうがいいかしら」
タイスケは、驚いたようにモエの顔をのぞき込む。
「なたが、そうして欲しいなら、わたし…仕事に未練はないわ」
思いのほか真剣な問いかけに、タイスケもしばらく返事ができないでいた。
「無理だったらいいのよ。買い替えれば済むんだし」
「いや、諦めるのは早い…」
その時モエは37歳、開業した眼科医院も好調で脂ののったドクターとして、多くの患者さんを相手に忙しい毎日を過ごしていた。一方、夫のタイスケも大学医学部附属病院のエース心臓外科医として活躍していた。
モエの診療所は和歌山にあり、タイスケの附属病院は岡山にある。
それぞれの事情から、タイスケは岡山へ単身赴任を余儀なくされていたが、眼科医院の休院の時には、モエはできるだけ夫のアパートへ行くようにしていた。普段は厳しく、気丈で、頼りがいのある院長なのだが、夫といる時だけは、なんでも夫に頼って甘えん坊になる。
「こうなったら最後の手段でこのパソコンを初期化するしかないな」
「でも…初期化したら、入っていたデータは全部なくなっちゃうのでしょ」
「ああ、でも重要なデータは外部ディスクにストレージしてるのだろ」
「そうだけど…昔あなたと旅行に行った時の写真をデスクトップ画面にしていたの…それはちょっと惜しい気もするけど」
「確かそれは、俺の外付けハードディスクにとってあったと思う」
「だったら構わないわ」
タイスケはメンテナンスCDを挿入すると、起動画面から初期化ボタンを押した。パソコンはジリジリ音を立てながら、自動で作業を始めた。
「ところで、我が家の御曹司の様子はどうだ?」
時間を持て余したタイスケがモエに声をかける。
「だんだん私への反抗がきつくなっている気がするわ。この間なんか、自分やお父さんより仕事の方が大事なのか…なんて責めるのよ…」
「そりゃいかんな…今度帰ったら、よく言い聞かせよう」
タイスケはそう言いながら、ジリジリと音をたてるパソコンの画面を心配そうにのぞき込んでいる。モエはそんなタイスケの横顔を、しばらく眺めていた。
「ねえ、あなた…」
「なんだよ…」
「あの…」
「今更、新しいノートパソコン買うなんて言うなよ」
「違うわよ…」
「だったら、なに?」
「私…仕事辞めて、家事に専念したほうがいいかしら」
タイスケは、驚いたようにモエの顔をのぞき込む。
「なたが、そうして欲しいなら、わたし…仕事に未練はないわ」
思いのほか真剣な問いかけに、タイスケもしばらく返事ができないでいた。