シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
「どうなのよ?」

 タイスケは、あらためてモエに向き直って、彼女の両手を握った。

「正直に言おうか」

 夫に手を握られるなんて久しぶり…おおいに照れるモエだったが、それを悟られまいと平然を装う。

「ええ、お願い」
「学生の頃から…お前は臨床医として、並々ならぬセンスの持ち主だと感じていたんだ」
「あらやだ、臨床にセンスなんてあるの?」

 茶化すモエを制して、タイスケは笑いながら言葉をつづけた。

「いいから聞けって…ひと時は、そんなお前に同じ医学生として嫉妬も感じたこともあったっけ…」
「…今更、カミングアウトしてどうするのよ」

 不機嫌そうな彼女の口調は、タイスケに手を握られた上に、そんな誉め言葉をかけられて、益々照れ臭くなった反動だろう。

「いやいや、ほんとだよ。だからさ、生まれ持ったセンスを患者さんのために役立てなければ、与えてくれた医学の神様に申し訳ないと思うんだ」
「あなたの口から、ヒポクラテスが出てくるとは思わなかったわ」
「要するに結論はだな、お前は家事のセンスが全くないのだから、何に気兼ねすることなく、センスのある方をまっとうすればいいってこと」
「ひどいこと言うわね」

 モエが笑いながらタイスケを非難する。

「…俺も出来るだけ和歌山に帰って、息子の面倒を見るよ」
「できない約束はしない方がいいわよ…わかったから、もう手を離して」
「嫌だ…いつでもお前の手を握れるわけじゃないのだから、もう少しいいだろ」

 モエは顔を真っ赤にしながらも、タイスケの手を振り切ることができずにいた。そんな暖かな時が流れ、やがてパソコンの音が止まった。

「おっと、再インストールが終了したみたいだな」

 タイスケは、名残惜しそうにモエの手を離し、メンテナンスCDを取り出してパソコンを再起動した。

「どうだ、正常に走っているだろ。しかも軽くなったみたいで前より早くなった… これで新品同様だな」
「タイスケ君、えらいっ…。また使えるように修理してくれてありがとう」

 モエの賛辞に、タイスケはもっと褒めてくれといわんばかりに鼻を膨らませて顎を上げる。自分以外には決して見せることがないこのかわいい表情。

「どうってことないよ…」
「じゃ早速、デスクトップ画面を二人の旅行写真に差し替えてくれる」
「よっしゃ!」


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