シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
 ドラゴンヘッドの言葉に、モエは腕組みをして考え込んでしまった。

「いずれにしろだな…」

 ドラゴンヘッドがずる賢そうな目でモエの思考を中断させる。

「本土の役人が絡んでいるとなると、かなり危険だ」
「なによ…おじけづいて仕事を放り投げる気」
「いや、わしらが一番嫌うのは、わしらのシマで、本土の奴らに好き勝手されることなんだよ。しかしな…」
「しかし…なに」
「必要経費がもっと必要になる」
「なによ、ここにきて値段を吊り上げるのは、フェアじゃないわよ」
「いや…死人が出てもおかしくない仕事だってわかったのだから、危険手当を要求するのは当然だろう」

 ドラゴンヘッドが平然と放つ言葉に、モエは背筋が寒くなる思いがした。彼女は息子もこの仕事に関わる人も、誰も死んでは欲しくない。

「それとも、もしあんたがもうここでやめて欲しいというなら、話は別だが…」

 ドラゴンヘッドは意地悪な顔で彼女に問いかけた。

「ドラゴンヘッドさんに会うとなった時から、とっくに覚悟はできているわよ」

モエは背筋を伸ばして毅然と言い返す。

「ますます頼れるのはドラゴンヘッドさんだけって状況なのだから…ドラゴンヘッドさんの仲間も、誰も死ぬことなく、生きた息子に再会できると信じているわ」

なにが相手であろうと、ここでやめるわけにはいかないのだ。



〈香港街景〉

 天主教聖母無原罪主教座堂(Cathedral of the Immaculate Conception)を出たエラとタイセイは、中環(セントラル)駅に戻ると、地下鉄MTR荃湾(Tsuen Wan)線で旺角(Mong Kok)駅へ。香港島から九龍へと渡った。

 ふたりは、花園街で、中華文化色満載のカラフルなTシャツ、シャツ、セーター、パンツ、コート、イブニングドレス、ネグリジェ、子供服、アクセサリー、雑貨、靴、タオル、シーツ、カーテン、古着、下着・・・などなどに首まで埋もれてはしゃぎまわった。
 花園街からすぐ西隣の道へと歩みを進めると、そこは通菜街。通称金魚街といわれている人気スポットだ。
華やかな色彩をまとう大勢の金魚たち。それが、ビニール袋に入れられて、店の軒先一杯に吊るされている。エラが驚きの声を発した。

「なんて金魚ショップが多いんでしょう…綺麗ですけどびっくり」
< 36 / 75 >

この作品をシェア

pagetop