シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
「赤」の車体は、香港島と大陸側の九龍地区を営業エリアとしている車両。「青」の車体は、空港があるランタオ島を営業エリアにしている車両。そしてもう1種類、大陸側の中国と接する新界を 営業エリアとしている「緑」の車体。この「緑」タクシーは街を流さず、主に空港で客を待つことが多い。中国本土に行くには、この「緑」のタクシーに乗り、国境の検問所か検問所のある鉄道の駅(上水駅)に行かなければならない。
 レイモンドの車は、「赤」。昼間はビジネスマンや香港島を徘徊する観光客を狙っての営業だが、今日はいつになく実入りが少なかった。もう夜も更けて、ひと通りも少なくなってきた街ではあるが、家に帰る前に、なんとか少しでも多くの客を拾わなければと、ハンドルを握る手も汗ばんでくる。

 ちょうどMTR尖沙咀駅に差し掛かったところで、ひとりのビジネスマンを拾った。彼は英語で、北角(ノースポイント)のHarbour Plaza (北角海逸酒店)へと行先を告げた。流ちょうな英語ではあるが、けっしてネイティブなものではない。

『どう見ても日本人だな…しかも、高いホテルに滞在しているから、金もあるに違いない』

 レイモンドはバックミラーで客を盗みしながら考えた。もしかしたら、多少稼ぎが狙える客を拾ったのかもしれない。
通常なら、中央海底トンネルを抜けて湾岸沿いに走れば、12分75香港ドル程度の料金だが、東回りで東海底トンネルを使えば、37分150香港ドルくらいは稼げる。せこいといえば、せこい話だが、そんなことをしなければ、今日の稼ぎは上がりそうにない。
 彼は、ネイサンロードを左折すると、中央海底トンネルをパスして、そのまま直進し東回りのルート2号へ向かった。
 バックミラーでそれとなく客の様子を窺ったが、客は何か考えごとに没頭しているようで、ルートの変更など、まるで気にしていないようだった。
 レイモンドは安心して九龍城街市を左に眺めながら、プリンスエドワード東ロードを気持ちよく走った。

 しばらくすると彼は、後ろから妙に車間を詰めてくる黒塗りの車に気付いた。いやな予感がした。その車から離れようとアクセルを踏みかかったとたん。今度は彼の車の前方に、やはり同じような黒塗りの車が割り込んできて、加速を阻まれた。そして、左右を見回すと、いつのまにか自分の車が4台の黒塗りの車にとり囲まれている。
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