シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
4台の車は次第に車間を詰めてくる。意図的に自分の車に何かをしようとして迫ってきていることは明白だ。タクシーを狙ったギャングなのか。レイモンドは、パニックに陥った。スマホで助けを呼ぶ余裕さえ失っていた。
身動きの取れなくなった彼の車両は、ただ黒塗りの車の進む方向に従わざるを得ない。彼の車はついに幹道を離れ、人がいないShun Lee Tsuen Sports Centreの駐車場で停止させられた。
 ドアから飛び出して逃げるべきなのか、それとも誰も入ることができないようにドアのロックを堅持して、立てこもるべきなのか。レイモンドは、目から出血するような勢いで眼球を動かし、自らの取るべき行動を考えた。しかし、当然のことながら、そんな状態では整理できた結論など出るはずもない。ましてや、恐怖にすくんだ手足は、ただ震えるばかりで動かすこともままならないのだ。


 先頭の黒塗りの車から、男たちが出てきた。その中のひとりがレイモンドの車に近づくと、後部シートの窓を人差し指の関節でコツコツとたたく。この男たちの目的は自分ではなかった。客は窓を開け男はなにやら見知らぬ言語で話し合っていたが、客は特段抵抗もせず素直に男とともに黒い車に乗り移っていった。
 その車が走り去るのを見ながら、エドワードはこの後に待ち受ける自分の運命を思った。解放なのか、それとも抹殺なのか。
 今度は彼のそばにいた男が、窓を叩いた。エドワードはゆっくりと窓を開ける。男は、胸の内ポケットに手を入れた。やはり、俺は頭を撃ち抜かれるのか。気を失いかけたエドワードに、男は75ドルの札を差し出す。

「おい、Harbour Plazaまでは普通にいけば75ドルの料金だろうが。わざわざ遠回りしやがって…観光客からぼったくった金で、太古の益発大廈アパートで待つ家族を喜ばすつもりだろうが、そうはいかねぇよ」
 
 自分のすべてを見通されている。しかも、客を乗せてから今まで、ほんの短い時間で、車両ナンバーから、ドライバーの素性と住居まで調べることができるとは…。
エドワードは、今夜の出来事はもちろんのこと、尖沙咀駅で拾った客、そしてこの男たちの存在は、なかったことにするのが一番だと悟った。

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