シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
その日の夜 エラはなかなか寝付くことができなかった。目をつぶると、今日一日過ごしたタイセイの姿が、走馬灯のように瞼の裏を駆け巡るのだ。どうせ寝られないなら…。エラはベッドから起きだして、スケッチを取り出すと、脳裏に残る彼の姿をスケッチし始めた。
香港の街を背景に、タイセイの様々なしぐさや表情を書き写していくと、宝物のような一日が丁寧に思い起こされる。目に飛び込んできた蜂は魔法使いの手下なのだろうか。一介のメイドが魔法をかけられて、新進気鋭のアーティストに変身。そして王子様と出会う。それから王子様とともに、香港の美しくも不思議な街をめぐり、愛らしい雑貨や日頃触れることのない人々に出会い…多少現実の時間運びとは前後していたものの、シンデレラになった気分の今日一日を、エラは楽しく思い起こしていた。
エラはスケッチを描きながら、なぜか涙ぐんでいる自分に気付いて驚いた。楽しい思い出のはずなのに、なぜこんなに切ないのだろうか。
タイセイに出会うまではなかったのに、心に大きな穴が開いてしまったようだった。いきなり私の心に飛び込んできたタイセイ。さんざん私の心の中で暴れて、帰って行ってしまった。そのあとにできてしまった心の空間を、いったい何で満たせばいいのだろうか。
所詮、香港に旅行に来たドクター。結局国に戻ることはわかっていたはずなのに…。彼を心の中に受け入れてしまった自分が悪いのだ。なぜ受け入れてしまったのだろう…。そう、探していたものに出会ったようなあの不思議な感覚。ただ、それはきっかけにすぎない。心の中でその存在を大きくしたものは、また別のものだった。エラはただそれが何かを突き詰めることが怖かった。
エラはスケッチを放り投げると、ベッドに身を投げた。ああだれか、私の頭をフライパンで殴って気絶させて。そうすれば、今夜を乗り越えることができるのに…。
〈九龍城砦〉
遊び疲れてしまったのか、小松鼠はモエの膝を枕にして寝てしまった。モエは彼の髪を手ですきながら、机越しに対峙するドラゴンヘッドを見つめていた。
「ところで唐突だけど…実は私…」
ドラゴンヘッドは手を挙げてモエを制する。
「…あんたの素性など興味もない。口を閉じろ」
「ごめんなさい…わたし言いたいことを、我慢するようにと親からしつけられてないの…」
モエが鼻で一笑する。
香港の街を背景に、タイセイの様々なしぐさや表情を書き写していくと、宝物のような一日が丁寧に思い起こされる。目に飛び込んできた蜂は魔法使いの手下なのだろうか。一介のメイドが魔法をかけられて、新進気鋭のアーティストに変身。そして王子様と出会う。それから王子様とともに、香港の美しくも不思議な街をめぐり、愛らしい雑貨や日頃触れることのない人々に出会い…多少現実の時間運びとは前後していたものの、シンデレラになった気分の今日一日を、エラは楽しく思い起こしていた。
エラはスケッチを描きながら、なぜか涙ぐんでいる自分に気付いて驚いた。楽しい思い出のはずなのに、なぜこんなに切ないのだろうか。
タイセイに出会うまではなかったのに、心に大きな穴が開いてしまったようだった。いきなり私の心に飛び込んできたタイセイ。さんざん私の心の中で暴れて、帰って行ってしまった。そのあとにできてしまった心の空間を、いったい何で満たせばいいのだろうか。
所詮、香港に旅行に来たドクター。結局国に戻ることはわかっていたはずなのに…。彼を心の中に受け入れてしまった自分が悪いのだ。なぜ受け入れてしまったのだろう…。そう、探していたものに出会ったようなあの不思議な感覚。ただ、それはきっかけにすぎない。心の中でその存在を大きくしたものは、また別のものだった。エラはただそれが何かを突き詰めることが怖かった。
エラはスケッチを放り投げると、ベッドに身を投げた。ああだれか、私の頭をフライパンで殴って気絶させて。そうすれば、今夜を乗り越えることができるのに…。
〈九龍城砦〉
遊び疲れてしまったのか、小松鼠はモエの膝を枕にして寝てしまった。モエは彼の髪を手ですきながら、机越しに対峙するドラゴンヘッドを見つめていた。
「ところで唐突だけど…実は私…」
ドラゴンヘッドは手を挙げてモエを制する。
「…あんたの素性など興味もない。口を閉じろ」
「ごめんなさい…わたし言いたいことを、我慢するようにと親からしつけられてないの…」
モエが鼻で一笑する。