シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
「こんな市場で会うのも、珍しいわね、ピンキー」

 エラの問いかけを聞いているのかいないのか、彼女はコンパクトを熱心にのぞき込み、メイクの崩れをチェックしていた。

「買い物?」
「ええまあね…急なんだけど、先週ダーリンのお得意様達が大勢来てね。しばらく、家を使うからって追い出されちゃったの。ダーリンから借りている家だから、文句も言えず、彼らが帰るまでしばらくは近くの安ホテル暮らしよ」
「ふーん、大変ね…。でもホテル暮らしなら自炊する必要はないでしょう?」
「それがさ、お得意様の世話をするのにメイドが必要なんだけど、急にはメイドもみつからず、しょうがなく私が買い物ってわけ」

 もとメイドでありながら、家事が好きでないピンキー。彼女に世話されるゲスト達が気の毒に思えた。
 ピンキーはようやくコンパクトをバックにしまい、エラに視線を向ける。

「あいかわらず、生活に疲れたメイドの雰囲気満載ね」

 連夜の睡眠不足で、若干目の下にクマができているかもしれない。一昨日はロンシャンのワンピースを身にまとって、ザ・ペニンシュラ香港でお茶した、などとピンキーに言っても、きっと信じてはくれまい。

「まだ、趣味のスケッチ続けているの」

 エラの脇の席にあったスケッチブックを、断りもなく取り上げた。

「あっ、ちょっと…」
「あいかわらずね…上手なのか下手なのか」
「人に見せるものではないから…」

 エラの動揺も無視して、スケッチブックを勝手にぺらぺらめくるピンキー。

「お金にもなんにもならないスケッチなんて、よく続けられるわね」

 もう我慢も限界だ。スケッチブックを取り戻そうとして、エラは席を立ちあがった。

「ちょっとまって、この絵…」
「なによ。なんか文句あるの」
「文句じゃなくて、この絵の人」

 ピンキーは、エラが眠れぬ夜に描いたタイセイのスケッチを指さしていた。

「この前、急にひとりゲストが増えたんだけど…この絵、そのひとに似てる気がする」

 エラの体がフリーズした。

「このひと日本人でしょ。中国語のゲストたちに交じって、ひとりだけ日本語喋ってたもの」
「えっ…でも…日本人って言っても、いっぱいいるから…」

 ちょっと考え込むピンキー。

「それに、この絵の人は、もうとっくに日本に帰っちゃてるし」
「そうなの…」

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