シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
 しかし、そう願うタイセイの心配は無用だった。口とは裏腹に、モエは彼女に心から感謝し、とうに彼女を心の中に受け入れていた。なぜなら、命を懸けて、愛する息子を救ってくれたのは彼女なのだ。そして今、久しぶりに家族で食事をしようと、少年のころの笑顔で誘ってくれたタイセイ。この息子の心の扉を開いてくれたのも、きっと彼女なのだろうから。

「さっき、旦那さんは2番目っていったけど…ごめんなさい3番目に降格だわ」

 タイセイに腕を取られながら、部屋に連行されるエラ。マリア様との再会に興奮するエラのおしゃべりは、今度こそ止まらなかった。



エピローグ 1

 タクシーから降りたモエは灼熱の空を見上げながら、額の汗をぬぐう。

「ドクター纐纈。まもなくパネルディスカッションがはじまりますよ」

 大学のエントランスで待ち受けていた現地のメディカルスタッフが、モエに声をかけた。6月のマニラ。懇意のサント・トマス大学(University of Santo Tomas, UST)医学部の教授から招待講演を依頼されたから、断るわけにもいかずやってきたものの、一年で一番熱いこの時期に、なんで自分を招へいするのかと、飛行機から降りた瞬間からその教授を恨めしく思っていた。

 サント・トマス大学は、1611年に設立されたアジア最古の大学で、4万2千人の学生を擁するフィリピン最大の大学でもある。マニラ市内の繁華な場所にある約25ヘクタール(7万5000坪)のゆったりしたキャンパスは学生であふれ、いかにも大学という雰囲気があった。その広大なキャンパスにさらに悠然と建ちそびえる附属病院。そこの特別講堂が今日のプログラムの会場となっていた。

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