シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
 モエはスタッフの誘導で、会場に急ぐ。途中外来ロビーを横切っていくのだが、その人の多さに驚いた。日本のようにすべての外来患者が集約的な受診受付を通り、適当なドクターに振り分けられるシステムとはちがい、フィリピンの大学病院では、直接ドクターの診療室に行く方式がとられている。病院ではなく、ドクターを特定して治療を受けなければならないフィリピンの診療事情は分からないではないが、医療事故もなくこの大人数をどう取りまわしているのか、モエは不思議でしょうがなかった。混乱のように見えても、ちゃんと秩序とルールがあるのだろうが、モエはこの人ごみに、その片鱗すら見つけることができなかった。
 聞くところによるとフィリピンでは、患者が手術などを受けた際、病院はホスピタルホテルとして機能し、患者はチェックアウト時に病室や治療設備の使用料、そして薬代を病院に支払い、治療費はドクターに直接払うケースもあると聞く。手術室前で、患者の家族とドクターとで直接値段交渉がおこなわれるなど、異国のドクターのモエには理解しがたいことが普通におこなわれている国なのだ。

「ここにいるのは、みんな診療を待っている患者さんなの?」
 
 思わず疑問を口にするモエ。

「いえ、すべてとは言えませんね。なけなしのお金で遠くからやってきた患者さんが、病院にたどりついたものの、お金を使い果たして、目的だった診療も受けられず茫然としている人々も少なくありません。むげに追い出すわけにもいかないので…」

 モエはあらためてロビーを見回した。

「あの階段の下にいる女の子。お母さんに頭を抱きかかえられて…」
「あの赤い服の子ですか?」
「ええ、両目を包帯でぐるぐるに巻かれているけど、あの親子もそのクチなの?」
「あの身なりで言えば、そうなんでしょうね」
「治療が受けられないで…あの親子はどうなるの?」
「そのうち諦めて、家に帰るしかないですね」

 スタッフはため息をつきながら言葉をつづける。

「社会保障が確立していないこの国では、お金がなければ治療が受けられない。お金が工面できない限り、あの女の子の目の包帯は解かれることなく、暗闇の中で一生を送ることになるでしょうね。残念ですけど仕方がありません。お金がなくとも治療してくれるドクターなど、この国にはいませんから…」

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