痛み無しには息ていけない

~弐~

「あれ?吉田さんは?」


早めに到着した自分は、並べられたタイムカードに疑問を覚えて、マスクを掛け直していた同い年の派遣さん・高橋沙織(たかはし さおり)に声をかけた。
沙織は、ウチの職場の半分を占める派遣さんの一人なんだけど、勤務歴は半年近い。
自分はパート、沙織は派遣と、雇用元が違うにも関わらず、タメで話も合うからと、意気投合している。
どうやら、遠距離恋愛の彼氏がいるらしい……。


「吉田さん?あの人なら今日は休みだよ。渡辺さんがいるから大丈夫でしょ」

「…さいですか」


マスクで少しくぐもった沙織の返事に、自分は疲れと諦めを少しだけ混ぜて返した。



吉田笑一(よしだ しょういち)さんは、自分の5歳年上・2年先輩の社員さん。
どうやら北海道出身で、ゴキブリが極端に苦手らしい。
自分がパートとして此処に来た頃からずっと良くしてくれている、優しい先輩。

――――個人的に吉田さんに想うところは色々とあるけれど、とりあえず今は触れたくない。。
想った自分に怒りが止まらなくなる。。


渡辺さんは自分の7歳年上の社員さんで、自分達の仕分けチームのリーダーでもある。
都内出身で、今でも御両親と一緒にご実家に住んでるそうだ。
極度の酒呑みで、自分は隠さずに“アル中”と悪口を言っている。そしてソレを、渡辺さん本人も知っている。
30代半ば近い渡辺さんを、親御さんは結婚させたがってるとか、させたがってないとか。

あの人を小馬鹿にした態度と、だらしないアル中っぷりから考えるに、嫁いで下さる奇特な方はなかなかいらっしゃらないだろう…というのが、個人的な本音だ。
…ってか、渡辺さん本人に、結婚する意思はあるんだろうか……。


何故か、右腕の古い裂傷の痕が、疼いた気がした。
前髪の生え際が痛む。

因みに、吉田さんと渡辺さんは、仕事を離れた場でも、普通に呑み友達だ。
アル中連中め。
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