侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
◇◇◇

「あーあ。面白くないわ」
「ほーんと。なんであんな女がライル様の婚約者に選ばれたのかしら。南国の租界育ちの女が未来の侯爵夫人だなんて。信じられない」
「わたくしのほうが教養もあるし、あんな租界育ちの物知らずに負けるだなんて」

 コーディアは部屋の中から聞こえてきた声に思わず足を止めた。
 別の日の、とある夫人主催のお茶会の席である。
 屋敷の一番大きな応接間と次の間が解放されており、控室として別の部屋も使ってもよいとのことだった。

 エイリッシュは気兼ねなく友人付き合いができるようにと、コーディアに必要以上に付き添わない。

 今日もコーディアは気乗りしないままエイリッシュをがっかりさせないよう、顔見知りになった令嬢たちをさがして会場を歩いていた。
 令嬢たちは表向きコーディアを受け入れてくれる振りをする。振りをするだけでその実コーディアを値踏みしたり、馬鹿にしたりするのだが。

 それでも徐々に受け入れてくれるはず。そう信じたかった。
 控室の扉は少しだけ空いていた。
 中から聞こえてくる言葉は、明らかにコーディアに向けられていたものだった。

「おとなしそうな顔をして侯爵家の長男を射止めたんだもの。大したお人じゃない。お育ちが知れるってものだわ」
 彼女たちはコーディアに対して物言いたいことが多いらしい。会話は尚も続いていく。
「顔だけは、まあ見られますものね。けれど中身は教養のかけらもない、野蛮国育ちの人だわ。すぐにぼろが出ますわよ」

「お育ちが知れてますものね。ライル様もお可哀そう。あんな娘をあてがわれるだなんて。エイリッシュ様もたまに意味の分からないことをなさりますわよね」
「侯爵が甘やかすからこういうことになるんですのよ」
「租界育ちだなんて、所詮は庶民育ちってことじゃない。寄宿学校の生徒たちだって似たようなものでしょう」
 少女たちはくすくすと笑い合っていた。

「あちらに進んで移住する娘なのだからどうせみんなたかが知れているわ」
「異国の租界では成金たちがわたくしたちの真似をしているって本当かしら」
「所詮淑女っぽくしたって本物にはなれませんのにね」

 コーディアは自分の悪口のことにショックを受けたが、それよりもアーヴィラ女子寄宿学校全体のことを悪く言われたことのほうが心に刺さった。
 みんなコーディアの友人たちのことを何も知らないくせに。陰でこそこそ人のことを見下すような発言をする人よりもずっと彼女たちの方が淑女だ。

「あの子もただの成金の娘ならよかったのに」
「あれでいて一応貴族の血を引いていますものね、コーディアは」
「マックギニス家とランサム家ですわよね。ま、一応古い家柄ではありますけれど……」

 少女たちは(彼女たち曰く)野蛮なコーディアが自分たちと同じ貴族の血を引いているのも面白くないらしい。
 コーディアに気づく気配もなく話は続いていく。

「それにしてもアメリカってば相変わらずいい子よね。あの子だってコーディアのことよく思っていないのではなくって」
「わたくしたち以上に作法や礼儀には厳格じゃない。それなのに、この間はコーディアのことを庇ったのですって」
「ああ。彼女の夫とライル様が友人同士だから気を使っているんでしょう。あの子そういうところそつなくこなすのよね、昔から」
 アメリカの話に移ると少女たちの声は途端に冷めたものになる。

「コールデット伯爵令嬢でしたものね。一時はライル様とナイジェル様と両てんびんにかけて、結局ナイジェル様を選ばれたんでしょう」
「ライル様の叔母様は熱心にアメリカとの婚約を勧めていたって聞いたわよ」
「家柄が良いと上手い事できるのがうらやましいわ。わたくしにはまねできませんわ」

「あら、それって家柄が、っていうこと?」
 別の少女が面白そうに言葉尻をつつく。
「違うわよ。アメリカみたいにすました顔をして、顔の下で計算をしておいしいところを取っていくってところ。清廉潔白って顔をして実に計算高いじゃない」
「コーディアのことどう思っているのかしら。一時は自分の結婚相手にと考えていた男性の婚約者よ。やっぱり、惜しくなったりするのかしら」

 その後も意地悪な笑い声と一緒にうわさ話は続いた。
 コーディアはのろのろとその場から立ち去った。
 コーディアはよろよろと屋敷の中を歩いていく。今日はもうだれとも話したい気分ではなかった。

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