侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
 二人は一緒に歩き出した。
 コーディアがライルのことをどう思っているのか分からなくてライルはつい消極的なことを言った。こんなこと、初めてだった。
 道中沈黙が続いたが、コーディアはちゃんとライルと一緒に歩いてくれた。

 ライルは慣れた道のりを歩き、住宅街の中にある緑で覆われた公園にたどり着いた。
 公園といっても公共の施設ではない。広くない公園は黒く高い柵でぐるりと覆われており、門番によって出入り口を管理されている。

 ライルは門番小屋へ近づいた。出入り口は小屋のすぐ隣にあるからだ。
 小屋から初老の男が出てきた。

「我が家で預かっているコーディア・マックギニス嬢だ。これからは彼女が一人で来ても開けてやってくれ」

 ライルは門番に声をかけると男は恭しく首を垂れた。
 ライルはコーディアを促した。二人は公園へと足を踏み入れる。

「ここはこのあたりの住民専用の公園みたいなものだ。この時期は十時から十六時まで開いている」

 ライルの説明にコーディアは頷いた。
 コーディアは物珍しそうに公園内を見渡す。

「好きに散策するといい」

 ゆっくり話すとコーディアがもう一度ライルの顔を見た。ライルが頷くとほんの少し彼女が驚いた顔をした。
 公園内には中央に噴水もあり、それを囲む様にベンチも置かれている。乳母車を引いた女性や老人がのんびりと散策をしている。
 ライルに気が付くと人々は軽く会釈をしたが話しかけてくることはなかった。

「ここでは挨拶くらいはするが互いに余計な詮索はしない。自宅の周辺くらいみんなのんびりしたいから」
「そうなのですね。お屋敷の近くにこのような場所があったなんて知りませんでした」
「近すぎて母も忘れていたんだろう」

 社交といえば貴族用の大きな公園がケイヴォン市内にある。
 コーディアは足の赴くままに公園内を歩いていく。ライルは彼女の半歩後ろをついていく。
 どうにかして彼女と会話の糸口を見つけたかった。会話、というかもう一度一緒に出掛けたいと誘う口実だ。

「寒くないか?」
「たくさん歩いたのでぽかぽかしています」

 ライルに出会う前、きっと少なくない時間散歩をしていたのだろう。ということはここに連れてくるよりは素直に屋敷まで馬車に乗せた方がよかったかもしれない。

「つかれていないか?」
「いえ……」

 コーディアはライルの質問に答える最中、何かを見つけたようでそちらに気を取られた。
 彼女の視線を追うように、公園の木々の下に目を向けるとリスの姿があった。

「ああ、リスがいるな」
「リス?」
 コーディアが不思議そうに復唱した。
「あっ」
 リスは自分を見つめる人間の視線にびくりとして、たたっと素早く木に登ってしまった。
「ああ……」
 コーディアのしょんぼりした声が聞こえてきた。

「あそこにいる」
 ライルは木々の揺れ具合からリスの移動先を感知して、一点を指さした。件《くだん》のリスは葉の陰に隠れているが、ライルは子供のころからリスを探し当てるのは得意だった。

「どこでしょう?」
「いま、動いただろう。ほら、あそこだ」
 ライルが指さす方にコーディアが視線を動かす。
 少しして「あっ、見つけました」と弾んだ声が聞こえてきた。

「リスって言うんですね。わたし初めて見ました。可愛い」
「ほら、あそこの地面にももう一匹いる」
 ライルは自分たちから少し離れた、地面で木の実を抱えているリスを見つけて指さした。
「ほんとう」
 コーディアは鈴のような声でかわいいと連呼する。

「彼らは木の実を餌にしているんだ」
 リスは木の実を食べだした。冬眠に備えて栄養を蓄えているのだ。
 コーディアが一歩踏み出すと、枯葉を踏んでしまいカサリと音がした。リスはびくりと顔をあげ、それから人間を認識して素早く木に登ってしまう。
「奴らは警戒心が強いんだ。子供の頃捕まえられないかと色々と試したが駄目だった。仕掛けを作ったら乳母に叱られた」

「ライル様が?」
 コーディアがびっくりしたようにライルを見上げた。
 なんとなく恥ずかしくなって、「私だって昔はやんちゃをしていたんだ」と言った。
「そう、なんですね」
 コーディアは心なしか口元をほんの少しだけ緩めていた。
 ライルが初めて見る、彼女の素の表情だと思った。

「ムナガルにも、あんなくらい小さな猿がいたんです。テナガシロザルって言うんです。租界にはいませんでしたが、租界の外の森に生息していると聞いたことがあります」
「見たことがあるのか?」
「飼われているのを何度か見たことがあります。小さくて、果物が主食で。わたしが餌をあげると、さっと取るんです。かわいかったな」
 コーディアはそのときのことを思い出したのか、懐かしそうに目を細めた。

「リスも気に入ったか?」
「え、はい。可愛いですね」
「そうか……」
 ライルはごくりと喉を鳴らした。
 彼女と会話が続いている今しかないかもしれない。

「コーディア……」
「はい」

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