侯爵家婚約物語 ~祖国で出会った婚約者と不器用な恋をはじめます~
「そうか。きみは確かに母上と気が合いそうだ。……この間私が言ったことを気にしたのか」

 ライルの言葉が沈んだように聞こえた。
 コーディアはびっくりした。
 まさか覚えていたとは。

「……寄宿舎の先生からはあまり良い顔をされなかったので……自分でもわかっているんです。淑女らしくないってことは」
 コーディアは付け加えた。
「……べつに……そこまであからさまに非難するつもりは……」

 お互いに気まずい沈黙が流れた。
 両方の間でどう折り合いをつけようか、と出方を探っている様子が見てとれるような間だった。

 二人の間にただよう空気などお構いなしに広間では歓声が上がった。
 大道芸人が大技を披露し、成功させたのだ。

 コーディアはそちらに顔を向けた。
 そういえば、小説の中でも同じ場面があった。その時は、大道芸人の証言がのちに犯人を追い詰める重要なものになったのだ。

「見ていくか?」
「え、ええ。はい」

 まあ、いいか。
 たぶん二人とも同じような気持ちだったと思う。

 コーディアとライルは二人で観衆の輪に加わった。派手な化粧と衣裳をまとった大道芸人はそのあとも大技をいくつか披露した。
 旅行者も多いのかもしれない。
 あたりから肉を焼く香ばしい香りがただよってくる。新聞売りや花売りの声、それから大道芸人を冷やかす人の声。
 コーディアはライルとの確執も忘れて大道芸人の披露する技に見入った。
 こんなの初めての経験で、多くの人に混じって拍手をしていることが楽しかった。

 芸が終わると、人々は見学の対価として硬貨を芸人の帽子に入れていく。
 コーディアの元にも彼は回ってきて、隣のライルは胸ポケットから財布を取り出し(彼は今日自分で財布を持ち歩いているのだ。驚いたことに)硬貨を入れた。

 コーディアは慌てた。
 自分はお財布など持っていない。どうしよう、外套の上につけているブローチなら価値はあるかしら、とあたふたと外そうとすると彼がそれを制してコーディアに銀貨を渡してくれた。
 彼が頷いたのでコーディアはそれを大道芸人の差し出す帽子にえいっと入れた。

 人もまばらになり、二人で再び歩き出したときにライルが口を開いた。

「すまなかった。私がきみの分も入れたのだが、ちゃんと言わなかった」
「い、いえ……」
 むしろ余計な金を使わせてしまってコーディアは恐縮した。
「それで、ほかに小説の舞台になっている場所はあるのか?」
「え……」
「好きな小説の舞台なんだろう? 今日のきみは楽しそうだ」

 どうやら観察されていたらしい。
 それはそれで恥ずかしい。
 コーディアは戸惑った。ここまで彼が受け入れてくれるとは思わなかった。
 もしかしたら胸の中では呆れているのかもしれない。家出騒ぎまで起こしたコーディアに対して、とりあえず優しくしておこうと思っているだけかもしれない。

「まずはきみがケイヴォンを好きになってもらうことが大切だと考えたんだ。だから、遠慮しないで言ってほしい」
「少し、このあたりを歩きたいのですが……よろしいでしょうか?」
「もちろん」

 コーディアの申し出にライルは頬を緩めた。
彼の笑った顔をまじまじと見てしまいコーディアは自分の頬に熱が溜まっていくのを感じた。
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