愛艶婚~お見合い夫婦は営まない~
「すみません、このあと仕事が控えておりまして。今日はこのあたりで」
「そうですね、お忙しいところお時間いただいてすみません」
会話を一度切り上げると、彼は改めて私を見る。
「では、結婚の話は成立ということでよろしいでしょうか」
「はっはい、もちろんです!」
「なら一週間後、またこちらにいらしてください。それまでに荷物は送っていただいて……家財道具は自宅に揃ってますが、必要なものがありましたらご連絡いただければと」
まるで商談のように淡々と述べると、名護さんは「あと」と、スーツの内ポケットから用紙を取り出す。
それは、初めて実物を目にする『婚姻届』。
名護さんの欄は全て記入済みで、形のよい綺麗な字が印象的だ。
「こちらにご記入いただけますか?」
たずねながら、彼は高級そうな銀色のボールペンを一本こちらへ差し出した。
これを書いたら、決まってしまう。
逃げられないし、なかったことにもできない。
……だけど、それでいい。
そもそも私に選択肢はない。
選びたい未来があるわけでも、ない。
「……はい」
覚悟を決めて頷くと、私はペンを手に取った。
指先に感じるボールペンの重みはきっと忘れられないものになるだろう。
こうして私は、『名護春生』となった。