忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
うまく笑えない ~高校時代~
昨夜はやはりほとんど眠れず、いつもより一本早いバスで学校に来た。白く冷たい霧に包まれながら校門をくぐる。

「もう一本ダッシュー!!」
「ヘイヘイ!バテとんじゃないんか?」

活気のある声がグランドの方から聞こえる。
野球部が朝練をしているのだ。
下駄箱に向かって歩きながらその様子を何気なく見た。(あの中に永井君も東山君もおるんよなぁ…)そう思いながら自分の下駄箱の扉に手を当てたまましばらくぼーっとしていた。


「後藤ちゃん!」

明るい声がしてうつむきがちにしていた背筋が思わずピント伸びる。


誰に呼ばれたかなんて、見なくてもわかる。


「おはよう。肩は大丈夫?」
無理に作った笑顔を貼り付けて言う。

少し離れたところにいた東山君は眉をひそめるような表情でタタタッとこちらに駆け寄ってきた。そっと私の頬に手を差し出す。

反射的に肩をすくめて少し後ろに退く。

東山君は私の頬を優しくそっとなぞり、目を覗き込んだ。

「後藤ちゃん、何か目が腫れてない?顔色も悪いし。大丈夫?」
心配そうに言う。

うつむき、一歩下がりながら首を振る。

「大丈夫!ちょっ、ちょっと夜遅くまでDVD見てしもぉて、寝不足なだけなんよ。」

「そっかぁ、後藤ちゃんもそんなことあるんじゃなぁ。」
くしゃっとした人懐っこい笑顔を見せる。

その時

「達也?!」

東山君を探す声がして胸がドキンと鳴る。


その声が永井君なのだとすぐにわかった。


玄関のドアの横から永井君がひょっこりと顔を出す。
「ありゃ、後藤さん。早いなぁ おはよう!」
笑顔で声をかけてくれる永井君を見て胸のドキドキが止まらない。

「おはよう 永井君。」

声を振り絞って挨拶をする。声が震えそうでさらに胸がドキドキしてしまった。

「昨日は応援に来てくれてありがとう。カッコ悪いとこ見せてしもぉたけどな。」
東山君が頭をかきながら少し照れたように言う。

「まったくじゃ!無理してかっこつけるけぇじゃ!」
永井君が東山君を肘でつつく。

何か言葉をかけてあげたいけど何と言っていいか迷い口をつぐむ。

「あっ!それはそうと先輩がサボっとんじゃないか~?!言うとったぞ。帰らんと」
永井君が東山君の服を引っ張りグランドの方に連れて行こうとする。

「後藤ちゃ~ん」と言いながら手を振り後ろ向きに走る東山君に私も手を振り返した。

「サボっとんじゃねぇで!」
「いゃ~すんません、すんません」
ペコペコ頭を下げる東山君の頭を叩く振りをしながらじゃれついている二年生らしき部員と東山君、その隣で笑っている永井君の姿を見つめていた。

その時


永井君だけがこっちを振り向いた。

ドキン

胸がひっくり返る


永井君が私に向けて小さく手をあげてくれた。
離れていたからその表情はよく見えなかったが、笑顔では無いような気がした…。


私も胸の前で小さく手を振り返した。


うまく…うまく笑えん。
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