忘れるための時間     始めるための時間     ~すれ違う想い~
「はぁ~」ため息つきながら4階にある教室までゆっくりと階段をのぼる。昨日の唯の言葉と東山君の涙、握られた手…今朝頬に触れた東山君の手のひらと遠くに見えた永井君の姿…それらが浮かんでは消え、浮かんでは消え…

やっと教室の入り口まで来た。いつもより早いバスで来たせいでまだ誰もいない。
静まり返った教室に差し込む光が綺麗で、まだ東山君本人から何も言われていないのにこんなに悩むなんてやっぱりおかしい そう思った。

入り口に立ったままボーっと窓を眺めていたら後ろから
「わっ!!」と大きな声がして背中をドンと突かれて腰が抜けそうなほど驚く。

「ひゃっ!」


あわてて振り向くと亜紀が してやったり といった顔をしてニヤニヤして立っていた。

「おはよう!何ボーっとしとったん?」

「いゃ、あっ 昨日夜遅くまでDVD見てしもうて、なかなか寝付けんかって…思いきって一本早いバスで来てみたんよ」

苦し紛れの言い訳は、いつも言葉数の少ない私を雄弁にする。貼り付けた笑顔も不自然だったと思う。

「ふぅん…何か 何か悩んどんかと思った。」

疑い深そうに私の横を通りすぎながらジロジロと私の顔を見る。


亜紀は自分の机に鞄をかけてからまた私の方を向いて、今度は真剣な表情で言う。「何かあるんなら、話せることなら話してな。いつでも」

嬉しい言葉に涙がにじんで来たが、それを隠すように少しうつむき、不自然な笑顔で笑う。「うん…大丈夫。ありがとう。」そう言うのが精一杯だった。

まだ言えない、私の恋…。


自分机に鞄をかけて椅子に座る。腫れた目を隠すように机に伏せてみる。

「そんなにうち、頼りない?」そっと背中に触れて囁くように声を掛けて亜紀が通りすぎた。

「ちっ…違う!」思わず顔をあげてそう言うけど声が小さすぎて亜紀に届いたかどうかわからない。後ろのロッカーから雑誌を取り出した亜紀は辛そうに、寂しそうに笑って自分の席に座り、雑誌を広げて見始めた。その背中が私を拒絶しているように感じて胸が締め付けられるような気がした。

しばらく机に伏せたまま朝のホームルームが始まるのを待った。

担任の先生が今週の予定など話しているのが遠くに聞こえる。頭の中がごちゃごちゃで…だんだん目の前が暗くなってきた。


「…とう?…ご…?」

先生が自分の名前を呼んだような気がして顔を上げる。

「…後藤?大丈夫か?」

やはり自分が呼ばれているのだと気付いてガタッと椅子を鳴らしながら立ち上がった…

目の前がグラッと傾き暗くなる…
意識が…







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