泡沫夢幻


次の日も椿さんは謎の業務に追われていて、俺は掃除をしたり花が枯れていないかを見たりした。16時に楓さんが「今日はもう帰っていいよ」と声をかけに来たので着ていたエプロンを脱いだ。
店から出るとき、いつになく集中していた椿さんに「お疲れ様です」と一言だけ残して商店街の特設ステージへ向かった。

特設ステージには開演まであと30分近くあるというのにそれなりに人が来ていた。
カメラを構えた声楽団員の家族らしき人たちの間を通りブルーシートが広げられたスペースに行く。

会いている席を探すべくキョロキョロと見回していると
「こっちこっち!」
と穏やかな笑顔の老夫婦がこちらに向かって手を振ってきた。誰だっけ…としばらく考えて今朝「おじいちゃんおばあちゃんも見に来るみたい。会いたいって言ってたから会ってあげて?」と水瀬からメッセージが来ていたことを思い出す。

「お久しぶりです、水瀬さん」
そう言って隣に腰を下ろすと2人は目を細めて笑った。
しばらく当たり障りのない世間話をしていると開演5分前を知らせるアナウンスが会場に響く。

そういえば初めて声楽団のパフォーマンスを見るな、と楽しみにしていると隣でグスッと鼻を刺さる音が聞こえた。
開演まであと少し、というところでおばさんが泣き出した。

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