谷間の姫百合 〜Liljekonvalj〜

「私の両親は、家同士のつながりだけの政略結婚で、兄と私の息子二人をもうけたあとは互いに愛人を持っている。
嫡男とその代替要員(スペア)をもうけたのちに大手を振って『恋愛』を愉しむ、という典型的な『貴族の生き方』だな」

リリの目が見開く。
確かに、庶民が持つ貴族階級に対するイメージそのものではあるが……

……「最後」の日だから、大尉は私にここまでお話しなさるのかしら?

「父の『相手』は貴族や文化人たちが集まるサロンに君臨するKurtisan(高級娼婦)で、母の『相手』は息子たちとさほど歳の変わらない駆け出しの画家だよ。
彼らは社交シーズンにはストックホルム(王都)のタウンハウスにいるが、それぞれの相手としょっちゅう逢引していてね。かと言って、シーズンオフにはノーショー(領地)に滞在するのもそこそこに、連れ立って旅行ばかりしているよ」

大尉は乾いた笑みを浮かべていた。

「……あなたの両親には、到底考えられないことだろうね?」

リリは静かに肯いた。
彼女の両親は仲睦まじかった。
なにより母親が、夫の愛情による庇護がなくては生きていけなさそうな人なのだ。

また、周囲を見渡しても、にわかに「成功者」となり金回りが良くなった新興の商工業者の中には、糟糠の妻とは別に若い女を囲う者もいなくはなかったが、一般庶民の間では貴族階級とは違ってそれは外聞が悪く、面と向かって言われなくても陰では蔑まされ、()しざまに(そし)られていた。

むしろ一般庶民の方にこそ、離婚を「神との信頼関係を壊す背徳」として禁じている旧教(カトリック)信者にしろ、比較的離婚に対して寛容な新教(プロテスタント)信者にしろ、夫婦として神に誓う相手は互いに一人だけで、夫が並行して他の相手をも妻にすることは許されず、それは聖書が禁じる姦淫にあたる、という社会規範があった。

「だが……私は自分が持つ家庭は、我が生家のように冷え切った仮面夫婦などではなく、できればあなたの家のような形を望んでいた。セント・ポールズ校であなたの兄と同室になって以来、彼の家族の話はよく聞かされていたからね。
だから、あなたとの結婚話が出たときは……自分の結婚後はそう悪くないかもしれない、という希望が持てたよ」

思いがけない大尉の言葉に、リリはびっくりしてしまった。

「それに、私がKangliga Flottan(王立艦隊)で率いる部隊は平民から成っているのだ。
彼らとの親睦を深めるために、結婚後の家庭に招いてもてなさねばならぬ必要も出てくるあろうが、そのとき取りすました『貴族令嬢』が女主人では、彼らはさぞかし気後れして心を開かぬことだろう」

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