氷の美女と冷血王子
男と女
彼女のマンションは、レストランからタクシーで20分ほどのところにあった。

「ここです」
「ああ」

そこは豪華でもおしゃれでもない普通のマンション。
学生や単身者向けに作られた1kの狭い部屋。

「どうぞ。狭くて恥ずかしいですけれど、上がってください」

先に部屋に入り、電気を付けたり冷蔵庫を覗いたりしている彼女。

「お邪魔します」
俺も玄関スペースで靴を脱ぎ、中へ入った。

「ソファーなんてありませんから、適当に座ってください」
「ああ」

確かに、部屋の隅にベットがあり残されたスペースに小さなテーブルと本棚が置かれたこぢんまりした部屋。
あまり女性らしさはないが、すっきりと整理されている。

「そんなにジロジロ見たらダメですよ」

トレーいっぱいにお酒を乗せて登場した彼女が、部屋の隅に置いていた洗濯物を片付ける。

「そんなつもりはないんだが・・・」
どこを見ても生活感があって、目のやり場に困る。

「すみませんね、狭い部屋で。でも、実家も近くにあるのでこれで十分なんです」
「へー」

「大学生になったときに、狭くても良いから1人になれる場所が欲しくてここを借りたんです。本当は就職したらもう少し広い部屋に引っ越しをしようと思っていたんですが・・・」

すぐに仕事を辞めたから、そうもいかなくなったわけだ。

「狭いけれど、落ち着く良い部屋だと思うよ」
家なんて大きければ良いってものでもないだろう。

「そうですか?良かった。専務はこんな狭い部屋見たことないんじゃないかって思っていました」
「君は、俺を何だと思っているんだ?」

「お金持ちの御曹司で、仕事もできて、いつも隙がなくて、生まれながらの王子様。でしょうか」

はあ?

あんまりすんなり言われて、驚いた。
酒が入った彼女はいつもより感情が出やすいらしい。
それにしても、彼女の中での俺はそんな風に映っていたんだな。
でも、

「俺は、そんな立派な人間じゃないよ」
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