前世が猫の公爵は令嬢に撫でられたい
野良の生活は楽なものじゃなかった。

ただ、野良猫の中には面倒見のいい奴らがいて、そつらが色々教えてくれる。


餌をもらえる場所。雨をしのげる寝床。寒さをしのげる隠れ家。


昔のようにツヤツヤの毛並みじゃなくなったし、ケンカして怪我することもあったけど、僕はそこそこ野良猫生活を楽しんだ。

それから冬になったり、夏になったりを繰り返して、僕はすっかりおじさんになった。

あと２回くらい冬を越すと、きっと天国に行くことになる。そんな歳になったある日の出来事だ。


「猫ちゃんだ！」


僕が街角の一角でのんびりしていると、小さな人間が走り寄ってきた。

こういうときは愛想を良くしておくに限る。小さい人間は、すぐに食べ物をくれる。
近くに店もあるし、ちょっと良い食事にありつけるかもしれない。


そう思って、小さい人間を見た僕は驚いた。

だって、そこには小さなエレーヌがいたから。


「お母様、猫ちゃんよ！」


小さな人間は、振り返って誰かを呼んでいる。


僕もそっちを見ると、そこにはエレーヌが立っていた。


エレーヌは、小さい人間を見ていて、僕を見ていない。


「アメリア、一人で走って行ったらだめでしょ？」

「でもね、猫ちゃんがいるのよ。逃げないの！」

小さい人間が僕を指さす。そこで初めてエレーヌは僕を見た。エレーヌは僕を見て驚いた顔をした。

“エル”

エレーヌはきっと人間には聞こえないと思うほど小さい声で僕の名前を呼んだ。

僕は返事をしたけど、エレーヌはそれ以上何も言わない。


「お母様、私、この猫ちゃん飼いたい！」

「え？」

エレーヌは小さい人間の方を見た。そして、もう一度僕を見る。僕もエレーヌを見た。




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