消えた卒業式とヒーローの叫び
「そういえば今度の土曜日、部員で映画見に行くから、永遠も参加よろしく」
「え?」
唐突にそんなことを言われ、私は飴玉サイズの空気の通り道を作る。
仮入部生は強制だから、などと明らかに不自然な理由をつけられた。
「あ、それなら、前田さんも連絡先交換した方がいいんじゃないすか! ほら、上原! 部長として、責任もって交換しろよー!」
吉岡が椅子から立ち上がり、悪魔の微笑みを浮かべながら上原の肩に腕を絡ませた。
簡単に腕を乗せられてしまうほどの背丈を持つ彼は、吉岡を横目で睨みつける。レンズ越しに映るその目は鋭かった。
「……わかったよ。じゃあ永遠、一応電話番号だけ交換するか?」
諦めたようなため息混じりで、吉岡の腕を退かしながら自らのスマートフォンを見せる上原。黒い画面には、困った顔をした私がいた。
「う、うん……」
本当は拒否したいはずなのに、言葉の数が一番少なくて済む回答は、イエスの意味が込められたものしかなかった。
ここは一種の監獄だ。黒く分厚いカーテンで覆われた部屋は、太陽の光が入ることを一切許さない。監視として三人の男が詰め寄ってきているかのように思えた。
画面を開き、電話番号を見せる。上原はそれを片手で入力し、程なくして私のスマートフォンが震えた。
「それ、登録しといて」
抵抗する勇気もなく、私は掛かってきた電話番号に“上原くん”と表示をつける。
連絡先の欄に新しく入居したそれは、家族と親戚しかいないマンションに上手く馴染めていない。違和感満載の新入りだった。
「じゃあ、また連絡するから。今日はこれくらいかな、他何か聞きたいことある?」
私は山を描くように目線を上下させる。上原の表情を一瞬流し見て、最終古びた床の汚れに視点を置きながら首を横に振った。
膝に置いた手に無意識に力が籠る。スカートにシワが入った。
私の感情が伝わったのか、上原が扉の方へと進んでカーテンに手を伸ばす。骨ばった手がそれを掴むと、扉の窓から天井に付けられたものとは別の照明が姿を現した。
「無いなら今日はこれで仮入部は終わりかな。またいつでもどうぞ」
扉が横に流され、一層光が強くなる。廊下の窓から差し込む夕日は、蛍光灯しかないこの部屋には眩しすぎて、思わず目を細めた。
牢から解放された朝のような景色だった。急いで鞄を手に取り、光の方向へと走る。
緊張はしたが、最低限の礼儀として私は振り返り、軽く頭を下げて歩き出した。
本当に映画に行くのだろうか。いや、きっと自分のことなんて忘れられているはず。
大丈夫だと言い聞かせるも、帰宅してから開いたスマホには、新入りの通知が入っていた。