可愛らしさの欠片もない
【先輩とご飯を食べて帰ることになりました。そんなには遅くなりません。優李】
あ、でも、何時ってはっきりしてる訳じゃない。それとも何時って決めて帰った方がいいか…。だって、甲斐さん、鍵を持ってる訳じゃないから。これじゃあいつ来たらいいか解らないよね。
勝手に決めて帰ることにしよう。ご飯だけなら、一時間もあれば充分よね。今、7時前か…。じゃあ、8時に帰ってるってことにしておこう。
【20時には帰ってます】
これで大丈夫。
そもそもお互いの職業を知らない。昨日は休みだったから仕事じゃなかったし。いつも何時まで仕事をしてるんだろう。そういうのも、さらっと聞いてみよう。
甲斐さんは……イメージとして、遅くまで仕事をしてそうな感じだけど。全くのイメージ先行ってものだけど。私は普通に事務職だって、想像がつきそうだ。
あ、甲斐さんからだ。……いいな、携帯に『甲斐駿脩』って表示されるのって。画数が割と多くて、書くとき大変そうだけど。としのぶだって聞いてなければ、甲斐さんの名前だって、私、読めてなかったな。確かコースターに書いたときもふり仮名はふってなかったし。
【遅くなる、だけどなるべく早く行けるようにする】
遅くなるのね。これだ。こういうことだ。これを知ってつき合っていて、結局すれ違うからって、どんどん気持ちが離れてしまった。会いたいって、会えるって思って楽しみにしてて、それが駄目になるとか、それはやっぱり寂しいことだ。
でも、できる範囲で早く帰ろうとしてる。それを認めないと意味がない。遅くなるのはどうしようもないことだもの…。帰宅が嫌で帰らないのとは違う。
何時になるかはっきり解らない。今の段階では解らないってことだ。かける言葉が難しい。シンプル・イズ・ベストってことで。
【待ってます】
これにつきるかな。仕事頑張ってくださいなんて、ね。そんなの解ってるって。気をつけて帰って来てくださいっていうのも、…女子じゃないんだから。自分で充分配慮するだろうから。
結局、可愛らしい言葉の一つも言えないってことだ。…大丈夫かな。
なんだか、おかしくなってる。…緊張するほど素敵な人だと思ってドキドキしてたのに。それはあっという間に克服した感じ。これって、いい歳だからかな。いや、勿論、素敵だとは思ってるけど。恥はさらしたし、突っかかるような言い合いもした。やっぱりそれかな。
本当ならまだ慣れてなくて、気遣う言葉も鬱陶しいくらい沢山言ってる時期じゃないの?
それをあっさり…。
「咲来さん?」
「あ、はい」